月夜

鶴太郎

すぅー、すぅー

鶴太郎は布団の上ですやすやと寝ていました。

与兵

ふっ

吾助

もう寝んの?

吾助は投げつけられた寝間着を膝に置き、襖を開けたまま柱に寄りかかって座り、与兵を見ています。

与兵

いや、部屋の掃除する……。

吾助

ふーん。

与兵は疲れた顔をして立ち上がり、囲炉裏部屋の方に行きます。

与兵

……。

そして、床の雑巾がけを始めました。
与兵は家中が綺麗でなければ気がすみません。

吾助

なあ。

吾助はそんな与兵を嬉しそうに見ています。

与兵

なんだ?

床がみるみる輝いて行きます。

吾助

静かだな。
あいつ、寝てると。

与兵

まあな。

鶴太郎

すぅ……すぅ……。

隣の部屋から、鶴太郎の寝息が聞こえてきます。


吾助はあまり大きな声を出しませんが、いつもよりほんの少し声を小さくしていました。

吾助

なんかさ……。

与兵

ん?

吾助

子供を寝かしつけた後の夫婦って、こんな感じなのかな……。

ぼんやりと吾助は言いました。
与兵の手が止まります。

与兵

あ゛?

ものすごく嫌そうな顔をしました。

吾助

こいつ子供で、俺夫で、
お前妻みたいな?

鶴太郎を指し、楽しそうに言います。

与兵

おま!
何言ってんだよ!

吾助

言ってみただけ。

楽しそうです。

与兵

俺、男なんだからな!
お前が妻しろよ!

吾助

…………。

吾助はしばらく固まりました。

吾助

俺も男だぞ。

与兵

あ……。

吾助

……。

与兵

…………。

微妙な空気が流れました。

与兵は何も言わずに雑巾がけを続けました。
吾助はそれを見ていました。

吾助

ふっ

楽しそうです。

静かに夜は更けていきました。

与兵

ふぅ……。

与兵

まあ……、
こんなもんだろう……。

掃除を終えた与兵は満足そうに綺麗になった囲炉裏部屋を眺めました。

与兵

吾助の布団を敷かないと。

与兵

じゃないと、
勝手に俺の布団に入ってくるかも……。

そう思って、与兵は吾助が寄りかかっていた柱を見ます。

ふすまは開いていて、吾助がいたはずの場所には誰もいませんでした。

与兵

あれ?

吾助の分の空間がきっちり空いているのに、吾助がいません。
なんだか寂しい感じがしました。

与兵

自分で布団を敷いて寝たのか?

そう思って、はっとしました。

与兵

鶴太郎は……?!

心優しい猛獣の吾助が、眠っている鶴太郎を見て何もしないはずがありません。

与兵は急いで隣の部屋に入りました。

鶴太郎

すぅ……すぅ……。

先ほどと変わらず、すやすやと眠っている鶴太郎がいました。

与兵

よかった。

与兵はほっとしました。

与兵

それなら
吾助は?

吾助はすぐに見つかりました。

窓を開け放ち、縁側の手前で柱に寄りかかり、片足を立てて座っていました。

吾助

掃除、終わったのか?

与兵の気配を感じ、微かに笑っている吾助が振り返りました。

与兵

終わったけど……、
何してんだ?

与兵は鶴太郎の足元をそっと通り、吾助のいる窓辺に行きました。

吾助

外……、
見てた。

吾助は与兵から目を離し、空を見上げます。

与兵

寒くね?

吾助

そうでもないぞ。

与兵は背を曲げずに立てる大きさの窓枠に手をかけて外を見ました。

与兵

…………。

満月が出ていました。
白い白い雪の原が、蒼く照らされています。

吾助はそれを眺めていました。

吾助

最近、見てなかったなって
思ってさ。

与兵

そういえば、
俺も見てなかったかも。

与兵は吾助の隣にあぐらをかいて座りました。

与兵

小さい頃、
一緒に見たことあったよな。

懐かしそうに与兵は言いました。

おじいさんに連れられて、吾助とこの家に泊まった時、二人で観た覚えがありました。

吾助

そうだっけか?

にやにやと吾助は言います。

与兵

絶対に吾助と観たぞ。
この景色。

むきになって言います。

吾助

俺は観てたけど、
お前は寝てたから
観たうちに入んねーよ。

与兵

…………。

与兵

そうだったか?

吾助

そうだぞ。

与兵

……そうだったとしても

与兵

この景色、
なんかいいよな。

吾助

そうだな。

吾助もなんだかんだで嬉しそうです。

与兵

すんごくいい思い出のような気がするんだ。

吾助

お前、覚えてないだろ?

吾助はひとりだけわかったような顔をして笑います。

与兵

俺はちゃんと月を見たぞ。
それは覚えているからな。

吾助

そうか?

そう言って、吾助は鼻で笑います。

与兵

見てた!

怒ったように与兵は言いました。
そして、月を見上げます。

与兵

この景色……、
覚えてるぞ

吾助

…………。

雪景色を照らす柔らかい月の光が、与兵にも吾助にも降り注いていました。

前に二人でこの景色を観た時は小さかったのですが、今は立派な青年になっていました。

吾助は楽しそうに与兵を見て、それから一緒に月を眺めました。

空気は冷たいのですが、気持ちは温かかでした。

吾助

あん時、
お前さ……。

そう言って、吾助が与兵を見ると、

与兵

すぅ……。

と、眠っていました。

吾助

ガキの頃と
変わんねー顔して寝やがって。


与兵がうつらうつらと船をこぎ出したので、吾助はちょっと移動して、与兵に寄り添い、縁側に足を出しました。

コクコクしている与兵の頭をそっと自分の肩に乗せると、与兵の重みがかかってきます。

吾助

やっぱ観てねーし。

小さく呟いて、月夜の青い景色を観ていました。
吾助は昔から、この景色が大好きでした。

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