羽はどこだ?

さんざん騒ぎながら夕食を終え、鶴太郎は疲れたのか、囲炉裏端で眠ってしまいました。

鶴太郎

すぅ……すぅ……

それに、久しぶりに自分の足で歩き、ずっとはたを織っていたのです。
いつもよりも頑張っていました。

吾助

…………。

吾助はそんな鶴太郎を、じっと見ています。

与兵

…………。

与兵は台所で後片付けをしていました。

しばらく戻ってきそうにありません。
吾助の場所からは、せわしなく動いている後ろ姿が見えます。

吾助

…………。

吾助は鶴太郎に近寄り、できるだけ動かさないように仰向けのまま膝に乗せ、背中に触れました。

鶴太郎

う……ん。

吾助

……。

鶴太郎が声を出したので、吾助は手を止めます。

鶴太郎

すぅ……すぅ……。

起きないようです。

吾助は再び背中に触れます。
そして、肩甲骨の当たりで手を止めました。

吾助

もしかして、
この辺に……。

そっと触れてみましたが、他の人間と変わった感じはしませんでした。

吾助

服の上からだとわからないか……。

吾助

脱がすか?

ちらっと与兵がいる台所を見ます。

与兵

…………。

与兵が何をしているのかはわかりません。
でも、向こうで何かしているようです。

吾助

勘違いされても困るし……。

吾助

まあ、それも
楽しいかもしれない……。

そんなことを思いながら、吾助は鶴太郎をじっと見つめます。

鶴太郎

すぅ……すぅ……

吾助

確かに愛らしいな。

じーっと見つめます。

吾助

あいつの嫁か……。

吾助は自嘲気味に微笑みました。

吾助

それはとりあえず置いておいて。

吾助には確かめたいことがありました。
鶴太郎の背中に、羽があるかどうかです。

吾助

なんだ?
これ……。

鶴太郎の服の背中部分に、おかしな切れ込みが入っていることに気づきました。
後から切ったのではなく、元々切れているようでした。

少し複雑な作りになっているようですが、背中にある留め具を外すと、肌に触れられそうです。
吾助はそれを外しました。

吾助

あれ?

鶴太郎の肌に、直接触れることができません。
服の下に、何かあります。

吾助

これは……。

鶴太郎を起こさないように、ひっくり返そうとしました。

与兵

吾助……。

吾助

ん?

与兵が戻っていました。
すごい顔で睨んでいます。

吾助

片付け、終わったのか?

いつもと変わらない表情の吾助でした。

与兵

明日の仕込みも済んだ……。

吾助

こいつ、寝たみたいだから、
寝床に連れて行ってやろうとしたんだよ。

与兵

俺がするから、
吾助はしなくていいぞ。

そう言って、与兵は吾助の膝から鶴太郎を抱き上げます。
服がヒラっとして、背中が見えそうでしたが、すぐに与兵が手を置いたので見えませんでした。

吾助

お前が忙しそうだったから。

与兵

これくらい、
大したことじゃねえ。

そう言って、隣の部屋に移動します。
吾助もついて行きました。

与兵

なんで
ついてくるんだ?

吾助

ん?

吾助はあいまいに答えました。

吾助

お前、こいつの背中、
見たか?

与兵

与兵は吾助が何を言っているのかわからないようでした。

与兵

見てるぞ?
着替えさせてるの俺だし。

それを聞いて、吾助が厳しい顔をしました。

吾助

今もか?

与兵

ああ。
これから着替えさせるし。

吾助

今は寝てるからしょうがないが、
普段は自分でさせろよ。

与兵

あ……、
そうだな……。

昨日、吾助に言われたばかりです。
反省した顔をしながら、与兵は鶴太郎を寝かすために、布団を出そうとしました。

けれど、吾助がいることに気づきます。

与兵

布団、敷いてくれるか?

吾助の方を向いて言いました。

吾助

ああ。

吾助は押入れから敷布団を出して敷きました。
与兵がその上に鶴太郎を寝かせます。

鶴太郎

ん……。

鶴太郎が目を閉じたまま、声を出しました。
離れていく温もりを追いかけるように手を伸ばします。

起きるのかと思って吾助は見ていましたが、鶴太郎は眠っているようでした。
そのまま鶴太郎を見ていると、与兵が吾助を睨みます。

与兵

着替えさせるから、
出てけ……。

吾助がニヤっとします。

吾助

お前が嫁を脱がすとこ、
見たいんだけど。

与兵

見せるわけないだろ。
出てけ……。

与兵は怒ったようですが、鶴太郎が寝ているので声は荒げませんでした。
吾助は部屋から出て襖を閉めましたが、少しだけ開けて覗いていました。

吾助

…………。

与兵は吾助が覗いているのに気づき、襖を完全に閉めました。

吾助

ダメか。

吾助

背中うんぬんより、
面白そうだったんだが。

吾助はニヤニヤしてそう思いました。
すると、中から声が聞こえてきました。

鶴太郎

ん……、よひょ……。

鶴太郎の声です。

吾助

起きたのか?

鶴太郎

ん……、いや……。
そこ……、あっ

小さいですが、とても愛らしい声です。

吾助はそっと襖を開けました。
鶴太郎の背中も、気になりました。

その気配を感じたのか、与兵は吾助を見ました。

与兵

違うぞ、俺は……
何もしてないぞ……。

浮気現場を見られて言い訳をするように、与兵が言いました。

鶴太郎

すぅ……、すぅ……

鶴太郎は与兵の膝ですやすや眠っています。
寝間着を着させられている途中で、ほとんど裸でしたが仰向けだったので、背中は見えません。

すっとした身体は、意外と大人びて見えました。
所々が布で隠されていると、妙に色っぽいです。

吾助

そいつ、
寝ぼけてんの?

与兵

……。

コクっと与兵はうなずきました。

吾助

俺、代わりにやってやろうか?

与兵は首をブンブン振ります。

与兵

お前はコイツに絶対
触るな……。

声が裏返ってます。

吾助

まあ……、がんばれ。

与兵

くっ!

吾助

……。

与兵の悔しそうな顔を見て満足そうに襖を閉め、吾助は柱に寄りかかって待っていました。

鶴太郎

あん……、んっ!

とても愛らしい声です。

吾助

あいつ、背中見てないのか。
それとも背中には何もないのか……。

吾助はそんなことを考えていました。

吾助

まあ、何か変わったものがあっても、気にしないかもしれないな。あいつ、そういうトコあるし。

与兵はたとえ相手に人と違うところがあっても、それを黙って受け入れるところがあります。

鶴太郎

んっ……、はぁ……

吾助

……。

鶴太郎の喘ぎとも呼べそうな声が聞こえてきました。

吾助

ホントにしてないのか?

吾助はそう思ってしまいました。

鶴太郎

ぁ……、ぅ……
んっ……。

与兵

はぁ……。

与兵の疲れたような、大きなため息が聞こえてきました。
吾助は襖を開けました。

鶴太郎

すぅ……すぅ……。

鶴太郎は着替えさせられて布団で眠っていました。

吾助

終わったか?

与兵

ああ……。

げっそりとした与兵が答えました。

吾助

俺も着替えさせて。

与兵

バカか?!

与兵は怒って吾助に着替えの寝間着を投げつけました。

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