Wild Worldシリーズ
Wild Worldシリーズ
コール歴5年
未来視の未来
11
それは、突然起こった。
カノンが気付けなかったのは、未来視の能力よりも先に、無意識の自己防衛術が働いたからだ。
緑で覆いつくされる異紡ぎの森。
日差しを遮るから、普段はひんやりとしている。
それなのに、城のある方角から、普段感じることのない熱気を感じた。
それはもう、異常だった。
……!!?
眠っていたカノンも、異変を感じて飛び起きた。
小屋を一歩出ると、視界がゆがむほど暑い。
カノンの足元、いつの間に森リスたちが寄ってきたのか、逃げろとカノンのローブを引っ張るが、カノンには全く見えていなかった。
熱のせいか何のせいか分からなかったが、カノンは考える力を失っていた。
コール……っ!!
気がつけば、走り出していた。
城へ。
コール王の元へ。
森リスの一匹がカノンを追おうとしたが、別の森リスが必死に止めた。
森リスたちのカノンを想う叫びも、カノンには全く届かなかった。
城は、瓦礫の山のようだった。
もろくなった石材が、塊のまま、あるいはさらさらとした粉になって、宙に舞う。
視界は赤く、目に映すものは、見慣れた城の形ではなかった。
落下物に潰された者、額から血を流しながらカノンを呼び止める警備兵などを無視し、カノンは道を選びながら真っ直ぐに奥へと向かっていった。
ここにも、もうほとんど人は居ないはずだ。
それでもコールはここにいる。
直感で分かったのではない。
ただ、知っていた。
それは、未来視としての能力。
何の役にも立たない能力。
私は……今まで何をやっていたんだっ!!
自分を罵倒しながら進んでいく。
カノンの美貌も、ススで汚れていた。
紫のローブもあちらこちら破れたりしていたが、構ってなんかいられない。
…………!
そして、カノンの視線の先。
まるで、カノンがここに来ることを分かっていたみたいに、クローブはそこに立っていた。
コール王が義務付けた派手な警備装ではなく、もっと軽く動きやすい義勇軍のような格好をしていた。
カノン様
穏やかな声。
いつもと変わらない爽やかな笑顔。
何事もなかったかのように、クローブは落ち着いていた。
クローブっ!!
半ば八つ当たりのようにクローブに飛びついた。
クローブは動じない。
ただ、いつもの笑みを見せていた。
王は!? コール王はどこだっ!!?
感情を見せるカノンを初めて見た。
それでも、驚くほどクローブは冷静だった。
カノン様。王を助けには行けません
何故だっ!!?
見ての通り、この城は炎に包まれています。もう長く持たないでしょう。ここにいると危険です
一緒に逃げましょう
それでも……それでも私は行くっ!!
クローブの言葉を聞き流し走り出そうとするカノンの手首を、クローブは掴んだ。
……っ!! 放せっ!!
その力は強く、カノンでは振りほどけない。
こうしている間にも、無駄に燃えるものの多い城内は炎に包まれていく。
二人がいる場所も、崩れるのは時間の問題だった。
カノン!!
一瞬、時間が止まった気がした。
今まで聞いたことのないようなクローブの怒声。
低い、男の声。
その真剣な表情に、カノンもやっとまともにクローブを見た。
クローブの黒目がちな瞳に、炎の赤と、目を見開いた自分が映る。
カノン、これはただの火事じゃない
反乱軍の仕業だ
反乱軍の目的はコール王の抹殺
炎に乗じて王を殺し、誰がやったか分からないことにするつもりなんだ
コールの所へなんて行ったら、あんたもただじゃすまねぇぜ
猫かぶりをやめた、クローブらしい声、口調。
クローブは、もう王の元で働く兵士ではない
意識してただの自分に戻っていた。
今クローブの頭の中にあるのは、カノン様を護る、それだけだった。
…………
俺と来い。一緒に逃げるんだ
今なら間に合う
カノン、俺、あんたを死なせたくないんだ
カノンの紫の目に自分が映っている。
今しかなかった。
後悔したくなかった。
だから、クローブは言葉を選びながら言った。
俺と来るなら、一生守ってやるから
……笑わせて、やるから
カノンは、クローブが何を言っているのか分からなかった。
いつもと違う口調と表情。
自分に見せなかっただけで、それがクローブの本性だと分かる。
……この男は何を言っている?
誰に向かって口を聞いている?
なぜ、今になってそんなことを……?
状況を分かっているのか……?
それよりも、カノンは早くコールの元へと向かいたかった。
カノンの中にあるのはそれだけだった。
カノンが腕を振り払おうとすると、クローブはさらに力を込める。
俺の話聞いていたのか?
このまま行けばカノン、あんたまで死んじまう!!
……はなせっ! 私の死など構うものかっ!!
俺が構うんだっ!!
お前のことなんて知らんっ!!
そこまで言われてしまえば、クローブにもう返す言葉はなかった。
大体、コール王を護るというカノンとの約束を、自分は守っていない。
これ以上、止められるはずもなかった。
クローブの力が抜けた一瞬の隙を逃さず、カノンは腕を振りほどき走り出していた。
振り向くことはせず、ただひたすらに前へと進んでいく。
……振られちまった
カノンの背を見送りながら、取り残されたクローブは自嘲気味に笑った。