Wild Worldシリーズ

コール歴5年
未來視の未来

12 終

   

   

   

 いつの間にか増えていたコール王の部屋、展示用の部屋を無視し、カノンは真っ先に休息用の部屋に飛んだ。

 いるとしたら、王座ではない。

 明け方を狙ったクーデター。

 その時間、コールは眠っているのを、カノンは知っている。

カノン

コールっ!!

 炎はまだここにはのびてきていないようだ。

 が、時間の問題だった。


 そしてやっぱりコールはここに居た。

 ソファーに身体を沈め、紫の薔薇を右手に目線の高さに持ち上げて愛でている。

コール

やぁ。カノン、久しいね

 状況を理解しているのかいつもと変わらぬ余裕の表情。

 そのあまりにもゆったりした様子に、カノンは一瞬錯覚を起こしたかと思った。

 城が炎上しているのは、夢の中の出来事かと思った。

 が、すぐに我に返ると、コールに駆け寄る。

カノン

逃げるぞ! ここにいたら死ぬ……っ!!

 カノンはコールの腕をとり、らしくなく取り乱す。

 その白く細い腕を見て、コールはフッと笑った。

コール

……逃げる?

 コールの目が、鋭く光った。

コール

この私が……?

 そして、狂ったような高笑いが響いた。


 カノンは圧倒されて無意識に半歩下がった。

 呆然とコールを見ていると、下のほうから轟音。

 次に震動。

 上から下から何かの細かな粒が宙に舞った。
 

カノン

……っ!!

 爆発物にあったかのような揺れ。

 カノンはバランスを崩し、よろけてソファにしがみ付いた。


 
 視界は陽炎のように歪んでいる。

 熱が遂にここにまで届いて、窓やドアの隙間から、オレンジ色が見え隠れしている。

 と思ったら、火が高価なカーテンや絨毯に燃え移った。

 それは恐ろしく早いスピードで、どんどんどんどん燃えていった。


 
 そんな中、コールはよろける事もなく真っ直ぐに立ちあがり、愛でていた薔薇を投げ捨てた。

薔薇は炎の中にボウッと消えて、跡形もなくなる。

 カノンは、半ば信じられない面持ちでコールを見上げた。



 いつも見ていたのは、自信家でナルシストなコールだった。

 自分は未来視だから、コールに残酷な面もあることを知っていたが、実際にそういう表情を見るのは初めてだった。

コール

カノン……私を甘く見るな

カノン

…………

コール

私は最初からあなたの言葉なんか信じていない

カノン

……コール?

 別に、信じる信じないの問題ではない。

 今まで誰からも信じてもらえたことなどなかった。


 自分を信じてもらえることを、期待なんてしていない。

 良くも悪くも幼いころからそれに慣れていた。

 
 ……が、コールにそう言われると、心に何か重たいものを感じた。

カノン

……死ぬ気か?

 カノンは静かに聞いた。

 頭は冷静な自分に戻っていた。


 このままここに止まれば、死ぬ。

 間違いなく。



 だが、コールは何も恐れていない。

 死ぬことに悦を感じているわけでもなさそうだ。

カノン

コールのこの余裕はなんだ……?

 カノンにはもう、理解不能だった。

コール

まさか

 コールは両手を広げ、おどけて言った。

 状況を楽しんでいるようにも見える。

コール

迎えがね、来るんだよ

カノン

迎え?

コール

隣国、ラルタークからさ

カノン

らるたーく……?

 コールは不気味に笑っていた。

 コールとしては爽快な気分だったが、カノンにはただ不気味にしか映らない。



 自分は死なない。

 レダ王への復讐も果たした。

 カノンの未来も外れた。

 コールは、全てのものの頂点に立てた気分だった。

 もう、王にはなれないが、そんなものはどうでもいい。




 未来視の能力を失った。

 こんな時にどうでもいいことを、カノンは悟った。

コール

私と来るかい?

 コールは、カノンの目を見て穏やかに言った。

 カノンは、コールの目を見返した。

 コールの真意を知りたがったが、分かるはずもない。


 カノンを誘ったのは、カノンの為ではない。

 愚かで美しいカノンを手元に置いておくのも一興だろう。

 そんな軽い気持ちでしかなかった。

 だが、来ないならそれでも構わない。

 レダ王が成した国が滅んだ今、これ以上の喜びはない。

 カノンのことなどどうでもいい。お遊びだ。



 どこか怯えているようなカノンの目。

 コールはどこまでも優位に立てた気になって、得意に笑う。


 その表情に、悟った。

カノン

……そういうことか

 カノンは、目を伏せて自嘲気味に呟く。

 乾いた笑いがもれた。

 ソファにもたれた姿勢から、腕の力だけでよろよろと立ち上がった。

カノン

そういうことだったのか……

 ふらふらと力なく数歩歩き、もたれるようにコールに抱きつく。

 余裕のあるコールは、好きにさせていた。

コール

来るのかい?

カノン

……あぁ


……いくよ

 カノンは泣いていた。

 生まれて初めて、“泣く”ということを実感した。

 涙は温かいものだと初めて知った。

 それは、じわじわとコールの肩を濡らしていった。

 カノンの、最初で最後の涙だった。



 コールは、良くも悪くも自信家だ。

 それと同時に無防備だ。



 カノンは未来視だった。

 そのことを誇りに思ったことなどないし、ただそうあるだけだと受け止めていた。


 
 未来視は、最期まで未来視なんだろうと思う。

 未来視に未来はない。

 恐ろしく孤独で、恐ろしくつまらない人生を、誰にも理解されずに生きてきた。

 最期まで、理解されることなんてないのだろう。



 それを今更理解を求めたりなどしないし、変わろうとも思わない。

 ただ、悲しかった。



 
 炎が目の前まで迫り、視界は赤い。

 陽炎のように歪んでいる。



 ゆっくりと、ゆっくりとコールの身体が崩れ落ちていった。

 余裕の笑みを貼り付けたまま、もう、何も言わない。

 いつもの自信に満ちた笑い声も、自分に酔った話し声も、もう、聞こえない。

 


 
 コールをちらりとも見ず立ち尽くすカノンの右手には、いつも手首に隠し持っていた小さなナイフがあった。

 キレイに磨かれている表面には、オレンジ色が反射している。

 赤いものが伝っているが、視界の赤さと歪みとで、よくわからない。

カノン

私、結局……

カノン

……何もできなかった

カノンは膝から崩れ落ちて、その場に座り込んだまま、もう一歩も動くことはしなかった。













未来視の未来12 終

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