この町は本が溢れている。いわゆる本の町。
本を作ることを生業とする者たちは、この町に魅了されるものが多い。なぜかって、それは・・・

それは?

ま、いずれ分かることです
・・・この町で作家として活動するなら

あら、教えてくれないの?
担当編集者さんったら意地悪ですね

悪態を一つ吐いたところで、そこには編集者さんはいなかった。担当だというのに・・・作家のフォローはお任せくださいと言ったのはどこのどいつだったかしら。今度会ったらそう言ってみましょうかしら。

なんて脳内での会話はお手の物。職業柄言葉を紡ぐことには慣れているつもり。そう自負していないといつか止まってしまいそう。この物語も思考回路も・・・なにもかも。



この町を選んだ理由は簡単だった。
本の売り場面積が都市と大差なく広いこと。何より町の人が本を病的に愛しているということが最大の決め手であった。

それにしても不思議よね
・・・そんなに大きい町でもないのに、売り上げ部数が都市と変わらないなんて

まぁ、理由はどうあれ・・・ここで作家として食べていけるようになればそれでいい。

それだけでいい

太陽がてっぺんに登るころ、じんわりと生暖かい風が頬にあいさつをする。

ゆれる照明をぼんやり眺めながら、凝り固まった肩を動かす。二、三回鈍い音を立て、満足したように力を抜く。
・・・ああ、スランプだ。

進捗どうですか?

駄目ですぅ

空気が抜けた。
インプットとアウトプット。その間に入るフィルターによって世界は何色にも変えられる。しかし、そのインプットが枯渇した場合、押したところで出てくるのは空気しかないのでして・・・

そういう時は取材に行くのがいいです
何から刺激が受けられるか分かりませんけど

でも。締め切りが・・・

大丈夫ですよ
作家が書きたいものを書いていただけるのが、こちらの本望ですので

じゃ、じゃあ!
お言葉に甘えさせていただきますわ

足早に身支度を済ませ、部屋を後にする。

担当とはまた後日、ということで話をつけた。インプットの旅に出るのである。そう、これは旅だ。

それにしても・・・この町を歩いたことなかったわね

本を病的に愛しているという表現をそのまま体現したような、不思議な空間が目いっぱいに広がる。

すれ違う人、町に存在す人という人すべてが本を読んでいるのであった。

ああ・・・なんて素敵な町なのでしょうか。こんなにも本が愛されている。それだけでここを選んだには十分すぎる動機だわ。私はここの町を選んでよかった。

本当によかったわ・・・
ここの町の人に読んでもらえるような作品を作りたい。それって素敵だわ!!!

気づいたころには、日がしっかり傾いていた。
それでもなお、本を愛する町民は読書を辞めない。

異様とも思われる空間も、今は関係ない。ああ書きたい。とても書きたいわ。・・・そうだ帰らなくては、書いて書いて書いて、届けなきゃ!

足取り軽やかに、自室へ向かう。誰ともすれ違わない帰路。灯る火は少ないのであった。

さて、ここからどうなるでしょうか

三コマ目 本と、奴隷と。

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