――訓練場七日目、朝。
――訓練場七日目、朝。
平穏な朝はコーヒーが美味い。訓練が始まる前の落ち着いた一杯は、特に格別だ。
いやぁ~、しかし
昨日は笑ったな。
話に上がるのは、当然昨日のケーキの話。ハルの勘違いが皆に話され、笑いの種になっている。
偶然、教官室の前で話が聞こえてきた事。夕方に出るケーキの事を考えていたユフィに、「騒ぎになる」「夕方に出る」とケーキについて内密にされた事。教官に運ばされていた荷物を、出立する時の荷物だと思った事。ジュピター以外が、偶然ユフィの居場所を知らなかった事。
などなど、事の顛末が明かされた。
ハルは勘違いしただけで
本当に心配してたんだよ。
わかってたわよ。
あれぐらいやらないと
ケーキの無念は晴らせないわ。
ほんと痛かったっす。
今でも首がおかしいっすよ。
あれは確かに……。
私はハルの後ろに居たけど、
首が半回転して
目が合っちゃったもん。
ハル、ぐるんぐるん。
昨日習ったばかりの
『いつでも命を奪える状態で、
動けなくする方法』
が、幾つか頭をよぎったわ。
それは一回だけに
してあげて下さい。
一回はいいんだな。
アデルもケーキの恨みが……。
でもよ、さっきの話じゃ、
妹さんの病気は治せないんだろ?
此処にいる理由あんのか?
ダナンのストレートな質問。皆の視線がユフィに集まる。テーブルにあるティーカップを取り上げ、少し口にしたユフィは、ゆっくりと話し始めた。
人間が持つ未知なる力。
それに対してリーベは、
『今、話すべきではない』
と言ったわ。
そんなものがなければ、
『ない』と答えるはず。
やはり噂されるように、
何かしらの力は存在すると
確信したのよ。
ユフィの声からは力強さが伝わってくる。
でも、病気を治す方法は
ないって言われたんだよな?
そうね。
でもその前に『現在』って
言葉をわざわざ付けていた。
現在はない。
つまり、未来にその可能性を
感じれる言葉よ。
薄い確率。雲を掴むような話。だが、様々な方法を探してきたユフィには、指を咥え何もしない状況など耐えられる訳がないのだ。
さすが情報分析能力がお高い。
オイラなら絶対諦めてるよ。
そこにしか望みがないだけよ。
素敵ですね。
私もがんばらなくちゃ。
アデルは導師様を
目指しているんだよね。
偉い人になるんすね。
そうでした、偉い人でしたね。
しっかし、そもそもなんで
導師様とやらになる為、
迷宮なんぞに
行かなきゃならないんだ?
導師になる為には、
聖ユデアの奇跡である
生命力を高める指輪の使用が
条件になるんです。
教官室でのリーベとの話――病気は治せない。それを思い出してか、ユフィは静かに瞼を閉じた。
しかし、私も何故、
迷宮探索が必要なのかは
知らないんです。
そうなのな。
まぁ、焦らずいけばいいさ。
はいっ。
リュウさんといると
ほっこりしますね。
アデルは朗らかな笑みをこぼす。それは自然とテーブルに広がり、朝の空気に溶け込んだ。
――中央棟、修練所。
アデルはほんと前向きだね。
こっちまで元気になるわ。
そうっすね。
アデルなら、きっと
偉い人になれるっす。
あれ?
誰だろ?
修練室の方から誰か歩いてくる。野外の修練所ではあまり見ないローブを纏っている。
初めまして。
私は結晶師ニグ。
リーベ様から使わされました。
マスターリーベから?
少しよろしいですか?
結晶の状態を確認します。
すぐに済むので。
そう淡々と言うと結晶師ニグは、メナの前に立った。
メナは言われるがままに首元のボタンを一つ外して、ネックレスのチェーンを引っ張る。結晶がメナの胸元から引き上げられ、陽光に照らされた。
…………。
結構です。
結晶師ニグは、結晶をまじまじと見つめた後、軽く会釈をし、そう告げた。そしてハルの結晶も同じくチェックを始める。
わかりました。
ハル=ビエントさん。
あなたは明日の朝、
講堂に来て下さい。
へ?
メナはいいんすか?
構いません。
それでは。
やはり淡々と受け答えしてから、早々に結晶師ニグは去っていった。
なんだろうね。
私には何も分からかったけど。
ぜぜぜ、
絶対に説教部屋っすよ!
説教?
はわわわぁぁ~。
絶対あのケーキを
粗末にした件っすよぉ。
ハルは説教に恐怖した。
リーベの誕生日に出る特別なケーキ。それを粗末にした呼び出し。訳がわからないまま、二人は訓練を始めた。