正午近く。ビルの前にて―――

地図では、ここのはずですが…。

スーツ姿の女性が、入り口で辺りを見回す。
どうやら、誰かを探しているようだ。

早く、来すぎてしまいましたか…?!
いや、5分前集合は大人の、ましてや刑事の基本です。

なにより、今日は私が、あの人の下に就いて、初めての仕事…。
ベテランとして、数多くの事件を解決されている、その秘密を教えていただけるのだから、遅れるなんて言語道断…。

ぼそぼそと呟きながら、入り口付近をうろちょろと歩き回る女性。傍から見れば、ただの不審者である。
近接する大通りの通行人が、先ほどからそういう視線を向けているにも関わらず、彼女は全くそれに気づく気配がなかった。

こんな思いをするくらいなら、ギリギリでも良かったのかもしれません…。いや、でもやはり、ここは新人として時間は守るべきで…

正午。---会議室

はぁぁぁぁぁぁ。無事終わって良かったぁぁぁぁぁ

いやほんとうに、どうやったらあんな量の仕事が貯まるのかと思いましたが…。

途中で、汐音くんが手伝いに来てくれたおかげですね。

汐音

だって、暇だったしね。
それに、僕と尚さんはゲーム仲間だから、今後を考えて恩を売っとこうかなぁって

本当にありがとうね、しーくん!
今度、どんなクエストでもついていくから!!

汐音

最高難易度連れてっても怒られないってことだよね?…素材クエの時に声かけよっと。

春華

こほん!

春華

…話は済んだか?

あぁ、ごめん。

あの、春華さん。お客人というのは…。

春華

さっき、連絡が入って、もうそろそろ到着するらしい。一応、言っておくが、粗相のないようにな。

すると、コンコンと会議室に響くノックの音。
そして、なんとこちらの反応も待たずに、一人の見知らぬ男性がドアから現れた。

よっ、久しぶりだな。諸君

寿羽

えっと、…どなたですか?

おいおい、どなたって…。
あぁ、もしかして嬢ちゃん新入社員か?

寿羽

はい、まだ入って間もないです…。

あー…じゃ、知らなくても無理ねぇな。

桐島

俺の名前は、桐島和満(きりしま かずみつ)っていう。こんなだが、警察のもんでな。
ここの社長とは色々あって、仕事斡旋してんだ。よろしくな、お嬢ちゃん。

寿羽

あ、こちらこそ…よろしくお願いします

なんだ、客人ってカズさんのことだったわけー?

桐島

なんだっていうなよ、せっかく人が仕事持ってきてやったのに

春華

昨日の話では、依頼人も共に連れていくと言っていたような気がするが。

桐島

いや、連れてきてるよ。
ただ、部屋に入れる前に、俺がお前らと話したかっただけ。

そう、桐島さんは言って、タバコを懐から出して咥えた。ボッと火をつけて、彼は会議室にいる私たちを見るためか顔をあげる。

桐島

一応、依頼人は連れてきてるが、俺の部下も来てんだ。で、そいつが【例の思想派】だから、先に内容だけ伝えとこうかと思ってな。

汐音

あぁ、【無能力排斥派】なんだ。新しい部下の人。

桐島

汐音は相変わらず、クールだねぇ。
…まっ、大正解だ。

桐島

その思想的には、反発してくるだろうからな。
先に、こっちで軽く話つけちまおうかと。

部下の意見、聞き入れる気が毛頭ない…

桐島

当然だろ、俺はお前らを信用してるからな。
付き合いも長いし、実力もある。

桐島

なにより、俺がいまんところ上司だからな!

寿羽

なんで、社長の知り合いの人はどこかずれてるんだろう

それで、依頼ってのはなんなんだ?

桐島

あぁ、簡単に言っちまえば、子守りだよ。護衛も兼ねた、な

桐島

お前らも知ってんだろ、最近話題に上がってる無差別殺人と関わりがあるっつう要人。

すごく最近の話題ですが、その要人、結局どうなったんです?

桐島

その辺はアレだ、企業秘密ってやつだ。
ただ、今回の依頼人はその要人関係でな

寿羽

え…?

桐島

その要人、姓を天根(あまね)って言ってな。
…娘がいんだよ、五、六歳の。

桐島

俺らの方に、娘を保護するように匿名で連絡がきた。一応、保護はして、上にも待遇を掛け合ったんだけどよ

桐島

今後の面倒を見る許可が上から下りなかった

汐音

体裁を気にしたんでしょ。
殺人犯と繋がってるって逮捕してるその、天根って人は雑誌とかでも特集組まれてるぐらい世間の種になってる

汐音

それの娘を警察が、保護とはいえ長期間なり置いとけば、娘を盾に自白強要してるとか言いがかりつけられてもおかしくないし

寿羽

そんな…

警察は、あくまで中立がモットーだから…下手なことはなるべく背負いたがらないんだ

桐島

俺もとっさにイラついて、「じゃあ、知り合いの探偵事務所に保護依頼するってことでいいですね!?」って啖呵きっちまって

じゃ、カズさん個人の依頼ってことか?

桐島

おぅ、上も「それならそうしてくれて結構だ」って言うからよ。ほとんど、丸投げされたようなもんだ

春華

・・・・・・・・・・

…個人の依頼なのに、部下連れてきて大丈夫なの?

桐島

顔合わせさせるだけだ、それくらいなら文句ねぇだろ、上も

寿羽

つまり、依頼内容は、その要人の娘さんの身辺警護、ってことですか…?

桐島

あぁ、そうだ。
ていっても、そこまで堅苦しくしなくていいし、ついでに言うなら、子守り感覚でいいぜ

寿羽

で、でも、もしその娘さん自体が、≪無能力者≫を嫌ってたりしたり、娘さんの親戚の方とかに、そういう方がいたら…

桐島

大丈夫だ、その辺は心配ないよ。そもそも…

桐島

親戚にも頼んでから、ここに来てる。
どうやら本気で、娘もろとも縁切ったらしいんでな

寿羽

じゃ、じゃあ、その娘さんは…もう、頼る宛てがないってことですか

ほんと、金持ちの思考回路は理解できねー

春華

……どうする、涼

受けるに決まってる。
親に罪はあるかもしれねぇけど、子どもにもそれを科すのは筋がちげぇ

春華

…そうだな

でも、オレは手回しとか、そういう細けぇことはできねぇ。

だから、任せていいか?春華

春華さんは、閉じていた目を開いて、社長の方を見つめる。その春華さんの瞳はなにかを思い出すかのように細められていた。

春華

昔と変わらないな、やると決めたときのこいつの目は、いつだって澄んでいる。だから、断れないんだ

春華

分かった、お前にできないことは、私が助けよう。
いつものようにな

んじゃあ、できるだけ俺も補佐するよ
まぁ、ハルには友さんいるから平気だろうけど

桐島

受けてくれるってことでいいんだな?

汐音

うん、涼さんがそう言うなら。
だって社長さんだからね

桐島

ありがとよ、探偵社。

桐島

そいじゃ、部下と依頼人呼んでくるから。
少し待ってろ。

そういって、桐島さんは一度会議室を出ていった。

第一章「依頼人」 完
 ~第二章に続く~

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