放映中の『コネクトキッチン』コーナーは好評なようで、テレビの収録は何度も行われた。
今日の勝者は、空子チームです!
わぁーい! やりましたね楓ちゃんっ!
はい、かちました
えへへへへ! やったぁー!
空子と楓が手を取り合ってぴょんぴょん跳ねている。おもに空子が一人ではしゃいでいる様子だが。
僕も毎回収録に足を運べるわけではないが、なるべく来るようにはしている。
空子に対してやけに風当りがキツいディレクターもいるし……。
……
唯はうなだれていた。
千乃と二人で料理の練習も続けているし、最近は成果も出始めている気がする。
だが、空子たちの方も努力しているし、何しろ元々の基本値が違いすぎる。
はい、オッケーでーす!
カットの声がかかり、はしゃいでいた空子が動きを止める。
……
あっ、おつかれさまでした!
一瞬、空子の表情が曇ったように見えた。疲れているのかもしれない。
ディレクターの方を盗み見れば、特に気に障っている様子はない。最近は、順調に収録が進んでいる。
だが僕は、空子の様子も、唯の様子も気になっていた。
何か、この収録に違和感があった。このままではいけないような気がしていた。
僕が思い悩んでいる間に、再び収録がはじまっていた。
そして――
今日の勝者は、空子チームです!
わぁ……! やりましたね楓ちゃんっ!
はい、かちました
先ほど見たのとまったく同じ光景が繰り広げられていた。
もちろん空子チームの作る料理は、毎度工夫を凝らし、バラエティに富んでいて、味も申し分ない。勝利に文句などつけようもない。
わーいわーい! やったぁー!
今度は一人で飛び跳ねている空子。
うう……勝てない……
うなだれる唯。
はい、オッケーでーす!
カットの声がかかり、空子はほっと息を吐く。
休憩が挟まれるので、僕は空子に声をかけに行こうとした――のだが。
プロデューサー、ちょっといいかな
神出鬼没の千乃に、つかまってしまった。
そのまま強引に物陰へと引っ張られていく。めずらしく深刻な表情だ。
周囲に人気がなくなった途端に、千乃は早口に言った。
空子さんに勝つ方法を教えて
それって……唯のために? 唯が負け続けで、落ち込んでいるから?
千乃は勝負にこだわるタイプではない。どちらかというと、唯の方がこの番組収録に熱中しすぎている気がする。
だから千乃は、唯を勝たせてあげたくてそんなことを言ってきたのだと思ったのだが。
違うよ。空子さんのため
空子の……?
千乃には分かるよ。空子さん、すっごく無理してるもん
唯さんも分かってるんだよ。だから、空子さんのために、勝ちたいって思ってるんだよ
だから唯さん、そのために苦手な料理を克服しようとしてるの。努力してるの
このままじゃ、空子さんがつぶれちゃう
悲しげな千乃の表情に、僕はハッとした。
優しくて、人のために尽くしたい空子が、勝って大げさなほどに喜びを表現するのは、一番苦手なことなのではないだろうか。
前向きさに隠されて、僕は、空子の本質を見抜けていなかったのかもしれない。
そうか、唯も千乃も、それで料理を頑張るって努力を……優しいな
唯は口下手だから、単に負けているのが悔しいのかと分かりづらいところがあった。
でも、唯や千乃のひたむきな努力が空子のためだとなると、色々納得できる。
素直に感動したのだが、何故か千乃はあわてた。
えっとね、千乃はね、負けっぱなしで悔しいから勝ちたいって気持ちもあるんだよ?
千乃はぜんぜん優しくないから、変な誤解しないでほしいな
うんうん、僕も迷いが吹っ切れたよ。このままじゃよくないよな、うん
勝ちにいこう。今日は事務所に戻ってから、特訓だ
できるだけ力強く言えば、千乃は安心したようだった。
うん。でも後一本収録が残ってるから、行ってくるね
千乃はそう言って、笑顔で手を振って収録現場へ戻っていった。
――しかし、僕や千乃の見込みは甘かった。
* * *
本日の収録三本目。精神的にも体力的にも疲れは来ている。
限界は意外とあっさりとやってきた。
えへへ! お料理ってとっても楽しいですねっ♪
空子は変わらない笑顔だった。鼻歌まじりに、たまねぎのみじん切りをしていた。
今回の空子チームは、ハンバーグを作っている。
えへへ、えへ……
……
ふと、空子の手が止まってしまう。
たまねぎで目が痛くなってしまったのかと思ったが、どうも、様子がおかしい。
空子さん? どうしましたか
や、やっぱりハンバーグって、地味っていうか普通すぎるかもしれないなって
もっと、工夫しなきゃって思ったら、何を作ればいいのか、分からなくなっちゃって……
誰の目から見ても分かるくらいに、空子の手が震えている。
動揺が激しい空子の様子に、さすがに収録が一時中断となってしまった。
うつむいた空子が、ふらふらと僕のそばに近づいてきた。
わ、私は、なんのために、誰のために、お料理をしているんですか……?
唯ちゃんにも、千乃ちゃんにも、ずっと、イヤな思いをさせているかもしれないのに……っ
泣いているみたいに震える空子の声に、僕の心がずきりと痛んだ。
どう声をかけようか迷っているうちに、例のディレクターが、僕たちのそばに近づいてきた。
すさまじく不機嫌な顔をしている。
あのねぇ、こういうの困るんですよ。ほら、みーんなに迷惑がかかる。いくら新人でもさ、分かるでしょ? プロなんだから
だいたいね、前から思ってたんですよ。春宮さん、真面目すぎるね。はっきり言って、使いづらいんです
……っ、申し訳、ありません……
どんな理由であろうと、迷惑をかけてしまったのは事実だ。
ここはプロデューサーとして、素直に頭を下げなければならない場面だった。
いっつも同じ展開だし、そろそろ視聴者にも飽きが来る頃だろうし、他の子に差し替えたいと思っているんですが……
本当にすいませんでした! もう少し、もう少しだけ、時間をください……!
空子のためには、この番組は降りるのが正解なのかもしれない。それくらい空子は追い詰められている。
どうすればいいのか分からないまま、不機嫌な顔のディレクターに向かって、僕は頭を下げ続けるしかなかった。