ひそひそ、ぼそぼそと声がする。
だから、こうやって……
そーそー、それでね……
どうやら唯と千乃が、キッチンで何かをしているようだ。
何をしているんだろう? と、気になって、ドアをノックしようとしたら――
きゃぁぁあっ!?
ど、どうしたんだい!?
あがった悲鳴に、ノックすることも忘れて中に飛び込む。
* * *
こ、これは……
ごめんなさいプロデューサー……。まさか、まさかこんなことになるなんて……
千乃たち、知らなかったんだぁ。電子レンジに入れたらダメなんだね
――生卵
う、うん、なにはともあれ君たちに怪我がなくて良かったよ……
もう電子レンジに生卵入れたりしないでね……これすごく危ないことだから……
……………すみませんでした……。気をつけます……
しょんぼりとした唯と千乃といっしょに、辺りに飛び散った色々なものを片づける。
唯と千乃が怪我をしなかったのは本当に幸運だ。一歩間違えば、大惨事だった。
……どうしてうまくいかないんだろう
どうしたの唯、何か言った?
……わたしたちもすごい時短技を使えたら、もうちょっと上手にお料理できるんじゃないかって思って……
千乃も、お料理対決に勝ちたいから、どうにかしないとって
千乃までそんなことを言ってくる。
どうやら唯と千乃は、僕が想像している以上に、ハチャメチャな料理を作ってしまうことを気にしていたようだ。
実は唯と千乃の料理は、スタジオのスタッフだけでなく、視聴者にも非常にウケがいい。
『千乃ちゃんの独創的な料理を見ると元気が出ます! 食べたくはないですが!』
『頑張ってお料理している唯ちゃんの姿に癒されます。料理は食べたくないですが……』
なんてファンメールをもらってしまったくらいだ。
食材を無駄にするなとお怒りの声もあるようだけど、もちろんスタッフがきちんと全てを食べている。
番組に寄せられる意見はだいたい好意的で、唯と千乃はそのメールを見て素直に喜んでいた。
だからこの二人は、これでいいと思っていたのだけど……。
プロデューサー。どうしたら、お料理を上手くできるようになるんでしょうか……?
うーん。料理はセンスなんて言うけど、まず君たちは、基本からやっていかないと駄目なんじゃないかな?
卵を電子レンジに入れてしまうくらいだしな……。
上手になりたいんだったら練習しよう。ダンスや歌もそうだよね? 空子たちだって、努力して、色々勉強しながら料理してるんだ
練習するなら、もちろん僕も付き合うよ
あっ、ありがとうございますプロデューサー!
千乃も練習、やってみる
* * *
そして僕たちは、食材の買い出しから帰ってきた。
じゃーん! 料理アドバイザーのひかりですっ! アドバイスなら私におまかせっ☆
試食係のミユやで~。試食なら自分におまかせやで~。何でも美味しくいただくで~
またしてもこの二人をひっつけて。
というか、僕たちが買い物から戻ってきたら、この二人がダンスレッスンからちょうど帰ってきたところだったのだ。
よ、よろしくおねがいしますっ
しまーす
緊張した顔の唯と、相変わらずの千乃が言う。
そんなこんなで調理開始となったわけだが。
あっダメだよ唯ちゃん! お米は洗剤で洗っちゃダメェー!
ああ……
千乃ちゃん待って! どうしてニンジンを手に持って縦に切ろうとするの!? 危ないからやめてえぇー!
ひかりの悲鳴がキッチンに響き渡る。基本が分からないって恐いことなんだな……。
その上。
ねえ、このバルサミコ酢はどこで使うのかな……?
何だか名前がおしゃれだし、入れたら美味しそうかなって
どうしてこんなに大量にパプリカがあるのかな……?
カラフルで楽しいかなって
ひいぃ! なんでこのドロドロの物体は濁った紫色なの!?
あ、色が変わったね。すごいね?
いやああぁー! 紫色の物体が緑色になったよ怖いよううぅ!
ものづくりが好きな千乃の、アーティスト魂に火が点いてしまったようで、そのセンスについていけないひかりがひっきりなしに悲鳴を上げる。
よ、予想以上のカオスや……
試食係として名乗りを上げたミユが、ゴクリと喉を鳴らして呟く。
と思ったら、僕の方を見てにっこり笑った。
プロデューサー。自分、ちょっと用事思い出したから帰るわ
ロシアに
ロシアに!? 今から!?
……ミユ、あきらめよう。今ミユが帰ったらきっと唯と千乃が傷つく
ううう……唯さんと千乃さんを悲しませるのはイヤや……
大丈夫。ドリアンとか見るからに危なそうな食材は、カゴに入れる前に阻止したから、たぶん死にはしないよ。たぶん
あっあっ唯ちゃん豆板醤! どうして豆板醤をそんなに……ダメェー!
……
――そんなこんなで、料理が完成した。
テーブルに並べられた料理から立ち昇る匂いは美味しそうだ。何で美味しそうな匂いがするんだろう。余計に怖い。
見た目は……カラフルだった。アメリカのケーキみたいに原色系のカラフルだ。机の上が賑やかだ。何をどうしたらこんな色に……。
叫び疲れた様子のひかりは、ぐったりと机に倒れている。本当にお疲れ様だったね、ひかり……。
……唯さん、千乃さん、ちょっとコッチきて
前衛芸術のような料理を真剣な顔で見下ろしていたミユが、唯と千乃に手招きをした。
近づいてきた唯と千乃に、ひそひそと何やら耳打ちをする。嫌な予感しかしない。
わ、分かった。やってみるね
キッと顔を上げた唯と千乃が、今度はつかつかと僕の方に歩いてきて、僕の両隣の椅子に座った。
もう本当に嫌な予感しかしない。
ぷ、プロ、じゃなくって、あの……っ
ごごごご主人様!
や っ ぱ り こ の パ タ ー ン か ! ! !
あの、今日は、ぷ、ご主人様にご奉仕させていただきたく存じましてその……
千乃が食べさせてあげるね。はい、ご主人様、あーんして?
両腕を唯と千乃にがっしり固められて、千乃がスプーンですくった何かを僕の口に近付けてくる。
ああ、匂いは美味しそうだ……。でも何で色がまるで南国の海みたいに鮮やかなブルーなんだ!?
僕がピンチに陥っている間に、自らスプーンを手に取ったミユが、儚げに微笑む。
ぐっどらっく、プロデューサー。自分は先に行ってるわ
……うっ
みっミユーーーーーー!?
スプーンに乗せた山盛りの赤い何かを一気に口に入れて、ミユはばったりと机に倒れた。
そして。
もぐもぐもぐもぐ……
あっ、これ、わりとふつうの味がする
へっ?
むくりと起き上ったミユはけろりとした顔だ。
ほんまほんま。見た目えぐいけどふつうの味。食べたら分かる
そう言われて、口元に突きつけられたスプーンを、思い切って口に入れてみた。
ほ、本当だ……。普通の味だ……
せやろ? 空子さんの料理みたいにめっちゃウマっ! って感じじゃないけど、ふつうに食べれる
私、私がんばったもん……すごいがんばったもん……せめて味だけはと思って……
そうか、ひかりが頑張ってくれたんだな。ありがとう、ひかり……
えへへ……褒められちゃったぁ……
そう言って、ひかりは再び机にガクリと沈没した。本当に疲れているようだ。
ど、どうですかプロデューサー。食べられますか?
いっぱい食べてね。はい、あーん
唯と千乃が順番に差し出してくる料理を食べて、最終的には全員で、机の上の料理を残さずたいらげることができた。
この二人の特徴を活かすことができたら、今以上にきちんとした料理が作れるようになるだろう。
しかし、番組的には唯と千乃のハチャメチャさが受けている。二人がまともな料理に取り組もうとすることは、良い方向なのだろうか……?
空子に勝たないと……
――片付け中に、ぽつりと唯が呟いていたのを聞いてしまった。
ナチュラルに作った食べ物の色が清々しいほどの青なのはやばいぞ()