空子

どうでしょう! 少しでも華やかな料理を作れたらなっておもって。えへへ

どうぞ、たべてみてください

空子はまず、ディレクターに地味だと言われた料理をもっと頑張ることにしたようだ。

レッスンなどの空き時間に、料理の練習に精を出している姿をよく見かける。

ひかり

ローストビーフにビーフシチュー、チンジャオロースにビーフストロガノフ……

ミユ

牛ざんまいやん! 牛料理が机いっぱい溢れんばかりに!!

ミユ

ハッ! そや、これがほんまのギュウギュウやで!

ミユ

……?

ミユ

これがほんまのギュウギュウやで!

プロデューサー

2回言わなくても大丈夫

事務所にいたので、試食係兼アドバイザーを頼まれたひかりとミユが、テーブルいっぱいに並んだ料理の数々を見ながらゴクリと喉を鳴らす。

ビーフシチューはじしんさくです。きのうのよるからしこみました。ひかりさん、どうぞ

ひかり

うーーっ! かえちゃんが私のために作ってくれたお料理! 嬉しい……嬉しすぎるよっ……!

どちらかといえば空子さんのためですが

それに、わたしはあくまでおてつだいなので、どちらかといえば空子さんのおりょうりです

ひかり

あうっ、そこは嘘でもいいから私のためって言って欲しかった……!


ガーンとなるひかりを尻目に、ミユはさっそく料理を食べ始めた。

ミユ

どれもこれも、めっちゃ美味しいやん~! ほわぁ舌がとろけるぅ~

うっとりとしたミユの言葉に、みんなで試食を開始した。

調理中の匂いからもう分かり切っていたことだが、どの料理も非の打ちどころのない美味しさだ。

ひかり

ビーフストロガノフ、いいんじゃないかな? 型抜きしたサフランライス添えて、クレソンとか飾って、ワンプレートでおしゃれっぽい!

ふむふむ……。じかんも材料もかぎりがあるので、そこもかんがえつつ……めもめも

ひかりの提案を楓が真剣な表情でメモに書き込む。

この子たちは本当に勉強熱心だ。

と、ふとミユが何かを思いついたような顔で、空子に話しかけた。

ミユ

うーん。料理は文句なしやけど、もういっこインパクトつけれたら最強ちゃうかな?

空子

えっ? インパクト、ですか?

ミユ

美味しさを伝えるのには、お料理以外の要素も重要やんな? たとえば……


空子を手招きしたミユが、ひそひそと小声で耳打ちをする。

空子

わ、わかりました! 頑張ってやってみます!


そう言って、キッと顔を引き締めた空子が、つかつかと僕のそばに近づいてきた。

プロデューサー

ん? 何かな?

空子

……おかえりなさいませ! ご主人様!

プロデューサー

!?

空子

ごはんにしますか? お風呂になさいますか?


小首を傾げて、ひかえめな笑顔を向けられる。

空子

それとも……私ですか?

上目遣いに問われて、僕はとっさに目を逸らした。

プロデューサー

ミ、ミユ~!!

プロデューサー

空子に妙なことをやらせないでくれ! これ絶対意味分かってないから!

空子

ふぇ?

ミユ

あーあはははー……プロデューサーごめんなー……

かなり動揺させられたが、空子の心のこもった料理は、本当に美味しかった。

あのディレクターも、きっと料理には文句がつけられないだろう。











*    *    *









そして、本番当日。

審査員

いやーこの料理は素晴らしい! 見た目も味も文句なし!

審査員

料理そのものもですが、作っている間の時短テクニックもすごかったですね。短時間でこんな凝った料理ができるなんて

審査員

もうレストラン経営して欲しい。ボク毎日通いますよ。積極的に太りますよ

司会者

今回の料理対決、勝者は――満場一致で空子チーム!

今回も、当たり前のように空子楓チームの勝利だった。

審査員は空子たちの料理を大絶賛だ。

『カット!』の声が響いた後には、匂いにつられてスタッフもふらふら寄ってきてしまう。

そして、誰も唯と千乃の料理については触れようとしない。なかったことにされている。しょうがないと思うけど……。

ディレクター

……

そんな和やかな空気の中に、ディレクターだけが、一人で不機嫌な顔をしている。











*    *    *









空子

ディレクターさん、怒ったみたいな顔してましたね……

帰り支度をしている時に、空子がぽつりと呟いた。

収録が全て終わった後から、空子はずっとしょんぼりしていた。やっぱり気付いていたのか。

空子

プロデューサー。私、まだ何かいけないことをしてるんでしょうか?

プロデューサー

うん。僕も、何がダメなのか考えてたんだけどね。心当たりがひとつあった

空子

!!

空子

ど、どんな心当たりですか!? 何でもいいです、教えてください!

空子が必死な顔で詰めよってくる。

心は痛むが、仕事のことだ。

僕はプロデューサーとして、空子に指摘しなければいけないのろう。

プロデューサー

空子はすごくよくやってる。プロデューサーとしてのひいき目を抜きにしても、料理も笑顔も百点満点だと思う

プロデューサー

でも、料理対決で勝った時、ちょっとだけ悲しそうな顔をしてるんだ

空子

それは……その

プロデューサー

分かってるよ。唯と千乃が、負けてしょんぼりしてるのが気になるんだよね?

プロデューサー

僕は、空子のそういうところが美点だと思ってる。自分が勝ってうれしい気持ちより、友達が負けて悲しい方が悲しい。優しい空子らしい、良いことだと思うよ

プロデューサー

でもきっと、それだけじゃ駄目なんだ

空子

だめ、ですか……?

プロデューサー

うん。きっと、あのディレクターがテレビで放送したいのは、料理のクオリティだけじゃない

プロデューサー

もっとこう、勝負に勝ちたい! 勝った! やった! みたいな、グイグイくる感じが欲しいんじゃないかな

プロデューサー

そうやって、勝って喜ぶ空子たちと、負けてしょんぼりする唯たちの、対比の構図が欲しいのかなって……僕は思ったんだ

空子

もっと、勝ちたいと思うこと……勝ってうれしいと思うこと……

うつむいた空子が小さく呟く。

しばらく悩んでいた様子だったが、ぱっと顔を上げると、にっこり笑った。何かを決意したような表情だ。

空子

分かりました、プロデューサー! 私、もっとがんばります!

空子

テレビを見てくれる人が、もっともっと楽しくなれるようにしないと、ですね!


やっぱり空子は、どこまでも前向きな女の子だった。

第2話 どこまでも前向きな

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