皿洗いは見習いに任せ、着替えて燕ノ巣を出たのは22時頃。
さすがにほとんどの市民が帰宅した後だ。

7月とはいえ、夜は少し冷え込む。
俺は露樹さんに教えてもらった白浜へ向かった。
燕ノ巣から10分程度の所にあるらしい。

砂の一粒一粒が真珠のようだ。

周りに街灯はないが、満月の光が浜辺を照らしてくれる。
そして、傍から聴こえるさざ波の音がとても心地よい。
江岸は浜辺に腰掛け、潤んだ瞳で月を見上げていた。

工藤 柊作

……江岸


スッと笑顔を見せる江岸。

工藤 柊作

ごめん、待った?

江岸 梨奈

ううん、1時間しか待ってないから気にしないで

工藤 柊作

十分待ってるじゃん


江岸の隣に座る。
サラサラした砂の感触がきもちいい。

江岸 梨奈

…ごちそうさま。工藤くんの料理…美味しかったよ

工藤 柊作

…どうも


改めて言われると照れくさい。

工藤 柊作

あと…ありがとう

江岸 梨奈

うん?

工藤 柊作

スピーチの時…励ましてくれて

本音だった。


あの時、江岸が叫んでくれなかったら喋れなかった。

今までのように逃げていただろう。

料理長や露樹さんの言う通り、向き合うことが出来なかった。




その背中を押してくれたのは…
他でもない、俺の隣に座る彼女だ。

江岸 梨奈

……この砂浜はね、あたしとあず姉しか知らない秘密の場所なんだ。遥や舞衣にも見せたことないんだ


江岸が照れ臭そうに話す。
でも、その瞳は俺をじっと見つめていた。

江岸 梨奈

工藤くんには見せたかった


急に顔が火照ってくる。
なんか…嬉しかった。

江岸 梨奈

ねぇ…工藤くん

江岸が顔を覗き込んでくる。


顔が近くて汗が吹き出る。
彼女は緊張した面持ちだ。

江岸 梨奈

あたし…工藤くんの力になれたかな…?


何を言い出すかと思えば……。
真正面に顔があるのを忘れ、思わず思い切り溜め息をついた。

江岸 梨奈

ちょ…工藤くん息かかった!!

工藤 柊作

あ…わるい

江岸 梨奈

っていうか、なんで溜め息つくのー!!真剣に言ったのにー!!


拳を振り回して子供のように怒る江岸。
なんかもう、同い年に見えない。

工藤 柊作

…当たり前だろ


ピタリと江岸の拳が止まる。
俺は思わず、微笑んでいた。
今までで一番素直に笑うことが出来た。

工藤 柊作

ありがとな、江岸

江岸 梨奈

…………っ

江岸の瞳に涙がたまり、流れ落ちる。
そのまま飛び付いてきて、思わず後ろに倒れた。







満月が浜辺の二人に光を届けた。

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