お辞儀をして一歩下がる料理長。
……以上で、私の挨拶とさせていただきます。燕ノ巣料理長・綾瀬竜二
お辞儀をして一歩下がる料理長。
ありがとうございます。続いて、今回の主催者であり、本日の主役である工藤柊作さんに一言挨拶を頂戴したいと思います
…………
遂に出番が来てしまった。
結局、江岸を見つけることが出来なかった。
隅の方にいるとは考えにくかった。
彼女の性格を考えると、俺の姿を見た瞬間に最前列に躍り出るだろう。
だが、それがない。
最前列どころか、隅の方にさえ姿が見えない。
もしかして…
裏切られたのか……?
そんな嫌な予感が頭をよぎる。
料理長からマイクを渡され、前に足を踏み出すも、口が動かない。
不安と吐き気が同時に襲ってくる。
躰に力が入らず、今にも倒れそうだ。
嫌だ……
途端に何もかもが怖くなる。
周りの市民-料理長達ですら全員伯母に見えてくる。
止めてくれ……!!
俺から何も奪わないでくれ!
俺の世界から、何一つ持っていかないでくれ!!
マイクを持つ手が震える。
掠れた息しかマイクに拾われない。
人々が眉をひそめる。
もう…ダメだ……
諦めよう。
結局俺は策の最大の欠陥を見落としていた。
自分の弱さ。
それを全く考慮していなかったのだ。
全てを投げ出してしまおう。
このまま、背を向けて逃げてしまおう……。
それが、随分と魅力的な誘惑だった。
その時、奥の襖が勢いよく開いた。
工藤くん!!
そして、綾瀬と一緒に入ってきた少女が……
頑張って、工藤くん!!
江岸梨奈が大声で叫んでいる。
応援してくれている。
それだけで、俺の躰に力が戻った。
世界が再び輝きを取り戻す。
おせえよ…
マイクに入らないくらい、小さく呟く。
もう、大丈夫だ。
あたし…工藤くんの最初の友達になる!!
友達が来てくれたから。
俺は綾瀬を、江岸を、岸ノ巻市民全員を見据え、口を開く。
世界が拍手に包まれた。