全ての調理が終わった。

追加でこしらえたメニューも盛り付け終わり、俺と料理長は業務用の通路から大広間へ向かっていた。

向かっている今も足が震えている。



なにせ、今回は岸ノ巻の市民全員の前に出るのだ。
クラス全員の前が限界だったのに、その何千倍の数の人の前で話すのだ。


躰がすくまないわけがない。

緊張のあまり、吐き気まで沸き起こってくる。






もうダメだ、このまま止まってしまおう……。

突然頬に衝撃が走った。
料理長が俺の頬に張り飛ばしたのだ。

綾瀬 竜二

シャキッとしろ!まがりなりにも男だろうが!

工藤 柊作

まがりなりにも何も立派な日本男子ですが……

綾瀬 竜二

ここで立ち止まったら意味がねぇだろ


視界が揺らぐ。
料理長が真剣に俺と向き合っている。

綾瀬 竜二

今まで逃げてきたんだろ?辛い過去や人見知りを言い訳にしてな


思わず頭に血が登った。
別に言い訳にしてなんか…!

綾瀬 竜二

でもな


料理長が俺の肩に手を置いた。

綾瀬 竜二

そろそろ逃げるのも疲れたろ?物事には全て終わりがあるんだ。夢とか、体力とか命とかな。
逃げるのも同じことだ。いずれ限界が来る。人と向き合うのに逃げてても何も進まねぇ。だったら前に進むにはどうすればいい?人と向き合うんだ。それしか前に進む手段はねぇ


今の料理長はまるで父親のようだった。
こんなに親身になって助けようとしてくれる…。

綾瀬 竜二

っていっても、実際はそれが難しいんだよな。最初からこれじゃ思わず気後れするのも分かる。だが、心配するな。俺が隣にいてやる


ハッと前を向くと、料理長が思いがけないことを聞いてきた。

綾瀬 竜二

工藤、友達いるか?


友達……

浮かんだのは一人の少女。
感情の起伏が激しく、人との関わり方が少し下手で…でも優しい少女。

江岸 梨奈

あたし……工藤くんの最初の友達になる!!

そう、言ってくれた彼女を。

工藤 柊作

……はい


料理長は嬉しそうに笑った。

綾瀬 竜二

じゃあ、そいつのことを考えて話しな。今日は来てるはずだからいたらそいつをチラッと見るんだ。大分違うはずだ

いるに決まっている。
あいつは友達思いだから。


無理矢理でも傍にいようとするだろう。
だからこそ…

工藤 柊作

俺も頑張らないとな……


不思議と緊張が収まっていた。
俺と料理長は再び大広間へ進んでいった。

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