昼飯を食べる暇は無かった。

あれからすぐに仕込みに入り、夕方まで調理台と向き合っていた。
初めて着た白い服はなんかくすぐったかった。

にしても、工藤くん包丁さばき上手いね


隣のコックが覗き込んできた。
すごくフレンドリーな人だった。

工藤 柊作

引っ越す前に知り合いの居酒屋でバイトしてたんです。その居酒屋が和洋折衷で

へえぇ

工藤 柊作

そこで料理を教えてもらいました

ふと思い出す。
その居酒屋の親父さんは親を失い、苦しんでいた俺に働く場所をくれた。


都会に似合わず、温かい人だった。

もしかして、あの人、岸ノ巻の出身なのかな…?

綾瀬 竜二

工藤!!手が止まってるぞ!!

工藤 柊作

すいません、料理長!

隙を見て顔を出した綾瀬の話だと、あのあと、江岸は市の人に俺が調理することを伏せて今日のパーティーを教えに行ったらしい。

綾瀬 たつき

それと、予約が早まって19時になったって


当初は20時の予定だった。

急な時間の変更に料理長は顔を曇らせ、再びコックに発破をかけた。

18時
表がだんだん騒がしくなってきた。
大量の料理が出来上がり、着物を着た女性がわたわたしている。

お膳を持っていきまーす


了解、と返すコック 達。
だが、俺はその声に聞き覚えを感じ、振り向いた。

髪を束ねているが、それは間違いなく…

工藤 柊作

露樹さん!?


名を呼ばれた女性がニカッと笑ってみせる。

露樹 梓

よっ。頑張ってるね

工藤 柊作

どうしてここにいるんですか!?

露樹 梓

言わなかったっけ?私、燕ノ巣でバイトしてるの。じゃ、頑張れよ


スタスタと去っていく露樹さん。
なんかもう、あの人に関しては何でもありな気がする。

綾瀬 竜二

おい工藤


料理長に呼ばれて、急いで向かう。
料理長はメインディッシュの盛り付けをしながら、顔を見ずに言う。

綾瀬 竜二

19時に挨拶があるからな。用意しとけよ

工藤 柊作

えっ


思わず声が裏返ってしまった。
なんでそうなったんだ?

綾瀬 竜二

露樹から事情を聞いたって言ったろ。お前の過去も聞いたよ


ビクンッと。
俺の心臓が高鳴った。

綾瀬 竜二

だがな、過去を引きずっててどうするんだ?向き合うんだよ。お前自身が。人間不振から逃げずに戦うんだ!それとも負け戦のまま人生終わりたいか?


…露樹さんと似てるな。

工藤 柊作

もう、逃げない


俺は料理長にバレないように涙を拭った。

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