昼飯を食べる暇は無かった。
昼飯を食べる暇は無かった。
あれからすぐに仕込みに入り、夕方まで調理台と向き合っていた。
初めて着た白い服はなんかくすぐったかった。
にしても、工藤くん包丁さばき上手いね
隣のコックが覗き込んできた。
すごくフレンドリーな人だった。
引っ越す前に知り合いの居酒屋でバイトしてたんです。その居酒屋が和洋折衷で
へえぇ
そこで料理を教えてもらいました
ふと思い出す。
その居酒屋の親父さんは親を失い、苦しんでいた俺に働く場所をくれた。
都会に似合わず、温かい人だった。
もしかして、あの人、岸ノ巻の出身なのかな…?
工藤!!手が止まってるぞ!!
すいません、料理長!
隙を見て顔を出した綾瀬の話だと、あのあと、江岸は市の人に俺が調理することを伏せて今日のパーティーを教えに行ったらしい。
それと、予約が早まって19時になったって
当初は20時の予定だった。
急な時間の変更に料理長は顔を曇らせ、再びコックに発破をかけた。
18時
表がだんだん騒がしくなってきた。
大量の料理が出来上がり、着物を着た女性がわたわたしている。
お膳を持っていきまーす
了解、と返すコック 達。
だが、俺はその声に聞き覚えを感じ、振り向いた。
髪を束ねているが、それは間違いなく…
露樹さん!?
名を呼ばれた女性がニカッと笑ってみせる。
よっ。頑張ってるね
どうしてここにいるんですか!?
言わなかったっけ?私、燕ノ巣でバイトしてるの。じゃ、頑張れよ
スタスタと去っていく露樹さん。
なんかもう、あの人に関しては何でもありな気がする。
おい工藤
料理長に呼ばれて、急いで向かう。
料理長はメインディッシュの盛り付けをしながら、顔を見ずに言う。
19時に挨拶があるからな。用意しとけよ
えっ
思わず声が裏返ってしまった。
なんでそうなったんだ?
露樹から事情を聞いたって言ったろ。お前の過去も聞いたよ
ビクンッと。
俺の心臓が高鳴った。
だがな、過去を引きずっててどうするんだ?向き合うんだよ。お前自身が。人間不振から逃げずに戦うんだ!それとも負け戦のまま人生終わりたいか?
…露樹さんと似てるな。
もう、逃げない
俺は料理長にバレないように涙を拭った。