厨房に着くと、既に数十人のコックが忙しく動き回っていた。
当然ながら、真剣な表情だ。

大柄の男が近づいてきた。

この人が綾瀬の父親だった。

ムッとして文句を言おうとした江岸を抑え、俺が前に進み出る。

料理長が眉をひそめる。

後ろの2人が息を呑んだ。
俺がいきなり料理長の前で土下座をしたからだ。

これが計画の要だ。
成功する確率は悲しい程に少ない。


見ず知らずの新参者がコックの戦場である厨房を貸せと言うのだから。



正直、半殺しにされて追い出される覚悟だった。

だけど、これしかなかった。
市の人に謝罪と感謝を示すにはこれしか思いつかなかった。

やがて、料理長が口を開いた。
ゆっくりと顔を上げる。
そこにはしかめ面の料理長が立っていた。

何か必死に考えているようだった。

意外だった。
露樹さんが根回しをしてくれていたなんて。

そこで気づいた。
後ろのコックが手を止めてこちらを見ていることを。
しかも、笑っている。

料理長の顔が緩んだ。

成功すると感じた瞬間だった。
後ろの2人がパッと笑顔になる。

料理長は正直むちゃくちゃだ。
けど、こちらの事情を察し、動いてくれている。

隣のコックが笑いかけてきた。
それにつられて笑顔になる自分がいた。