あんたが灯里の母親なら、撫子も知っているのか?

撫子?



知っているだろう。
それは自分が産んだ娘の名。

そしてその娘を模して作られた
人形の名。



どちらの撫子のことにしろ――









……なんでもありません



だが、女は口を噤んだ。


教えてくれ。
知っていることがあるなら



全く情報のない今までに比べれば
何かを知ることができるのは有難い。


そんな思いから
急いてしまったのだろうか。




……

それを聞いてどうするのです



女は怪訝な顔をした。

ぴん、と空気が張りつめたような
そんな緊張感が走る。
















灯里の知り合いだと名乗ったところで
口先だけの嘘かもしれない。

西園寺に害を為すかもしれない。

その情報を元に、我が子に危害を
加えるつもりかもしれない。





晴紘が違うと言ったところで
信用するか否かは
彼女次第。










でも。

そのせいで罪のない娘が何人も殺されているかもしれないんだ

灯里も……関わっているかもしれない

……



女は黙っている。


だから、

西園寺撫子という名に心当たりはありません

この期に及んで隠すのか?
まだ産んではいないのか?

それとも警戒しているだけか?


























……いや

同じ顔をしているけれど、この女と俺は全く面識がないんだ。
疑って当然だろう

むしろペラペラと喋り出すほうが
疑わしい。


そう納得しようとする反面
後悔も首をもたげる。














だが。

女は再び口を開いた。

しかし灯里がそんな事件に関わっていると言うのなら私としても看過できません

森園とは縁を切った身なれど……

撫子のことが知りたいのなら、森園輝……灯里の父親に話を聞いてみたらいかが?

父親!?



灯里の父は
確か彼が幼少の時分に亡くなったはず。

それが生きているなら……










固唾を飲む晴紘に
女は侮蔑混じりの視線を向けた。


あの男は森園の屋敷に、

ずうっと、ずう……っと、妻と子の存在も忘れ、ただ人形だけを愛し続けるあの愚かな男に聞けばよいでしょう?

……









彼女らが別れた理由は
そのあたりにあるのかもしれない。








西園寺侯爵は
灯里の母と再婚した後も
彼ら親子に援助をしていたようだが


後ろめたいことがあったから、と
言うわけでは
なかったのかもしれない。










なんにせよ、


撫子の制作者である灯里の父親に
話が聞ければ

人形にひとの身体の一部分を
移植することが
可能かどうかもわかる。



良い足が手に入ったからね

あの事件に
侯爵が関わっているかどうかも。


そして――






あ、



鐘の音が聞こえた。

それは



それの意味することは――












【陸ノ弐】十一月六日、四度・伍

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