森の獣道をふたりは進む。
ゆく当てもなくその先に何があるのかもわからなく、唯ひたすら歩いていく。

ツツジ

へえ…お宅は都へ行くために船に乗っていたんですか。

キクラ

ああ。
用事も兼ねて都へぶらり旅をしようと思っていたんだけどな。

キクラ

まさか嵐で船から海へ投げ出された上に、こんな場所まで流されるなんてさ。
全くついてないよ。

ツツジ

心中お察し致します。

ツツジ

でも、ご無事でよかった…です。
船旅は天候不良や事故、遭難で命を落とすこともある危険な旅だと聞いていますから。

キクラ

そうだな。
結果的に無事でよかったと思っている。

ツツジ

それにしても都かあ…
私一度も行ったことないけど、あれでしょ。
帝や貴族が住まう場所なんですよね?

キクラ

貴族や皇族が住む区画はあるね。
都は大きくて、その他に一般市民が住む区画もあるよ。
場所によっては市場で賑わっているよ。

ツツジ

キクラさんはその市場へ行ったことはあるんですか?

キクラ

ああ。数回ぐらいかな。

ツツジ

わお。
どんなものが売っていたんですか?

キクラ

着物や反物とか日常生活で必要な道具とか。
あとは野菜かな。
特に瓜は安くて美味しいよ。

ツツジ

ふむふむ。
もし都の市場へ行く機会があれば参考にしましょう。

何気ない雑談に花を咲かせる旅人のふたり。
時間はあっという間に数時間過ぎ、同じ森の風景に変化が見られた。
木漏れ日の光が強くなる。

獣道はいつの間にか人の手の加わった森の道へと変わっていた。
二人分横に並んで歩けるほどの広さで、よく見ると車輪を引いた跡が続いている。

ツツジ

私達以外にも誰かだ通った跡がありますね。
車輪てことは牛車か荷車かな。

キクラ

牛車なら役人か地方の貴族、荷車なら物資運搬もしくは商業芸者関係の者か。
どちらにせよ、この先に村か街がある可能性は大きそうだな。

ツツジ

市場で賑わっている街だといいですね。

程なくして、ふたりは森を抜け出る。
目の前には真っ直ぐに続く平坦な道と数十メートル先に街が見えてくる。

それなりに大きそうな街で周りは木造の背の高い塀に囲まれている。

出入り口の門には門番がふたり立っている。

ツツジ

街…ですね。
せっかくなので入りましょうか。

キクラ

…門番がいるってことは、入る前に色々検査されそうだな。

ツツジ

検査…
具体的には何を調べるのですか?

キクラ

主に身分証明になるもの、手形とか。
必要なら所持品まで調べられるけど。

ツツジ

ふむ…面倒臭
いや、ややこしそうですね。

ツツジ

まあ、でも私に任せといてください。
手はあります。

キクラ

何をする気だ?

ツツジ

ご安心を。
人間というものは煩悩が108個もある欲深い生き物というじゃないですか。

キクラ

……? 
何を企んでいるのか知らないが、手荒いなことはごめんだからな。

ツツジ

了解ですよ。

あれこれしているうちに街の門の前に辿り着くと、
門番達がふたりの前に出て立ち塞がってきた。

ツツジ

こんにちは。
私達は各地を旅するしがない旅の者です。
この街へ宿のことも兼ねて数日滞在したいのですが。

門番

では、身分を証明する物または手形を出してもらおうか。

ツツジ

わかりました。
どうぞ、ご確認くださいませ。

門番

手形がふたつ…
ひとつは横いる男のものか。
あとは身分証明と念のため荷物の確認も…

ツツジ

あ!
忘れるところでした。
こちらもお納めくださいな。

そう言ってお金をいくらか差し出す。

門番

賄賂はちょっとなあ…

ツツジ

ならば、どうぞこちらもお納めください。
日頃からの長時間労働に『休息』は必要ですから。

懐から携帯用の酒のはいったボトルを二本差し出す。

門番

おお、手に取るのは久しぶりだな。
香りよしで味もよさそうだな。
少し気が利くじゃねえか、お嬢ちゃん。
俺達も少しは癒しも必要だよな?

門番

確かに、最近休日が取れなくてな。
寝不足で『休息』を取りたいと考えていたところだったな。

門番

取り調べは終わりだ。
街の観光でもするんだろ。
東地区の酒場はお勧めだが…お前ら未成年か。
まあ、適度に楽しんで来い。

ツツジ

はい、楽しんできます。
どうもありがどう。
お仕事頑張ってください。

ツツジ

じゃあ、行きましょう。

キクラ

いや、仕事しろよ。
警備チョロ過ぎだろ…。

ツツジ

一日中仕事してたら誰だって疲れるじゃないですか。
適度な『休息』を取らないと身体や心に負担がかかりますよ。

キクラ

ものは言い様か、貪欲で煩悩持ち過ぎか…。
君も大概だけど。

ツツジ

ふふふ、ありがとうございます。

キクラ

褒めてないからな。

門をくぐり街の中へ入ると、賑やかな風景が広がっていた。
目の前の大通りを挟んで左右に民家や店が軒を連ね、昼間からたくさんの人が行き交っていた。

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