街の中を歩くふたり。

瓦屋根の民家と暖簾(のれん)を掲げる店が立ち並び、着物に身を包んだ町人、商人、芸人色んな人が大通りを練り歩く。

ツツジ

人がいっぱいですね!
いろんな店がありますね!
凄いですね!
賑やかですね!

キクラ

…君も十二分に賑やかだ。

ツツジ

叫ばずにはいれれないと私の血が騒いでいますのでお気になさらず。

キクラ

ちょっと意味がわからない。

不意にツツジはキクラの手を掴み、颯爽とした足取りで人混みを掻き分けて行く。

ツツジ

ふふふ、では参りましょうか。

キクラ

ちょっと…おい!
どこへ行く!

手を引っ張られキクラは意気揚々なツツジの後ろで半ば引きずられるようにして歩く。

ツツジ

キクラさん。

ツツジが手を離してちらりと振り返る。

キクラ

な、なんだ。

ツツジ

腹が減っては戦はできません。
そういうことです。

キクラ

…意味がわからないと言いたいところだがな。
今は丁度昼時だな。

ツツジ

…あ! ここへ入りましょうよ。

立ち止まったのはとある飯屋の前。
引き戸の前に暖簾が掛かっており、『飯屋』と大きく書かれている。

キクラ

わかりやすいな。

ツツジ

きっと美味しい食べ物があるに違いない…。
あとお腹空きました。

ツツジ

キクラさんも一緒に食べましょうよ。
お金は全て私が払いますよ。

キクラ

いや、…でも俺は

ツツジ

キクラさん

キクラ

…なんだ。

ツツジ

人の好意は素直に受け取るものですよ?

キクラ

あ、ハイ。
アリガトウゴザイマス。

店内に入ると客数が多く席もいっぱいだった。
辛うじて座れそうな席は隅の端にある4人掛けの席で、先に一人客の男が座っている。

ツツジ

すみません。
隣と向かいに座っても宜しいでしょうか?

声をかけると、湯呑みの茶を啜っていた男は顔を上げて快く応える。

おう、構わないぜ。
座んな座んな、嬢ちゃんに坊主。

キクラ

ありがとう。

ツツジ

ありがとうございます、お兄さん。

キクラは男の横に、ツツジはキクラの向かいに腰を掛けると定員が小走りで駆け寄ってくる。

いらっしゃいませ!
ご注文はお決まりですか?

ツツジ

ふむ…これってどうすればいいの?

キクラ

俺に聞かれても…。
メニュー表が何処かにあるだろ。

メニュー表ならあそこにあるぞ。

男が指差す方向は店内奥の壁に掛かっているベニヤ板の看板だった。
各料理名と値段がそれぞれ記載されている。

ツツジ

むむ。じゃあ私はたぬきそばで。
キクラさんは?

キクラ

そうだな、ざるそばがいいな。

かしこまりました!
少々お待ちください。

店員はお茶の入った湯呑み二人分をそれぞれ置いて厨房へ去っていく。

あんたらは外から来たのか?

キクラ

ああ、俺達は旅の者だ。

ツツジ

このお茶美味しい…。

へえ…最近は多いな。
これで4人目だ。
昨日も外からの旅人が二人来ていたぜ。

ツツジ

私達以外にも、ですか。

ツツジ

この街では外部から誰かが来るのって珍しいことなんですか?

四方を森と山に囲まれて他方から行きにくい閉鎖的な街だからな。
人は多いが余所者に敏感なんだよ。

程なくして注文した料理が運ばれてくる。

ツツジ

たぬきなのに天かすがのっている…!

キクラ

そりゃそうだろ…。

ツツジ

てっきり狸の肉がのってると思っていたので。

キクラ

そんな料理見たことも聞いたこともないよ!

ふたりのやり取りを見ていた男が噴き出して笑い出す。

いやはや、お二人さん面白いな。
面白い奴は好きだぜ。
そうだ、ひとついいことを教えてやるぜ。

ツツジ

いいこと…
面白いことですか?

ああ、勿論だとも。

そう言って男は身を乗り出し、周りに聞こえないようにヒッソリ声で話す。

この街はな昼は賑やかだが、夜は気を付けた方がいいぜ。
なんせ…

妖鬼が出るっていうからな。

キクラ

妖鬼?

妖怪の一種さ。
この街に伝わる昔話に出てくる化け物でな、人間の血肉を好む悪鬼だ。

ツツジ

妖怪ものとは…興味深いです。
もっと詳しいお話を聞きたいです。

たぬきそばを食べていたツツジが箸を止めて男の方を見る。

言われてもなあ…俺が知っているのはあくまでガキの頃に聞かされた昔話だけだ。
詳しいことはそこら辺の老人に聞いた方がいいぞ。

ツツジ

それでも聞きたいです。
お願いします。

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