――DAY ?――

午前? 午後?

????

――それからしばらくは、何もありませんでした。

私はあの日のことを忘れたように

内職や自分でもできる仕事をこなし、

兄は毎日仕事に出かけました。

私は、とんでもないことを知ってしまった

あの体験が怖くて、忘れたふりをして、

出歩くことすらしなかったのです。

――けれど、世の中は私たち兄妹に

優しくはなかったのです。

――!!!

――!!

ひと月前、支払いの一つが

滞ってしまいました。



今までもそんなことはあったのですが、

普段は夜に来る取り立ての彼らが、

その日に限って昼に来ました。

っ……

今まで兄に任せきりだった私は、

どうしてよいか分からなかった。

――!!!

怒声罵声に慣れていませんでしたし、

とっさのときの為の

お金の置き場所も知らなかった。

パニックになっていました。

――そして私は、
許されざることを、してしまいました。

私は、かすかな経験から知っていたのです。

物の見かけを変えるときには、一度呪文を唱えれば

 その後もずっと偽っておけるのだと。

 見た目は本物そのままで、

長時間見ていればわずかに違和感がある

 その程度の状態が保たれるのです。

呪文を唱えたときにくる眩暈は、きっと

 呪文をかける代償のようなものなのでしょう。

そして、小さいものの見た目を誤魔化すときには

 疲れも少ないのです。

 ――そう、私は、許されぬことをしただけでなく、

 自分の犠牲も少ないことを知っていて、やったのです。

その日のこと、

取り立てがひとつ解消されていることは、

兄には気づかれずに済みました。



後から彼らが怒って来ることも

ありませんでした。

でも、内心は怖くて仕方がなかった。


誰も気づかなくとも、神が見ておいでなのです。

きっと私は、天国へ行くことはできません。

――見ていたのは、

神だけでは、ありませんでした。

先週、見知らぬ人からの手紙が届きました。



開いて、ぞっとしました。

そこには、私のしたことが書かれていました。

私の知った呪文のように、

この世には他にも呪文があるようです。


教団員を名乗るその人は、呪文を知っている

と書いていました。




呪文をかけられた品から逆に、術者を見極める

――そんな、呪文があるのだと。

――私の作った偽札が、一か月の間に

様々な人の間を巡り、

その教団のもとに辿り着いたのです。



誰も見ていない、などというのは、

ただの妄想でした。


悪事は悪事です。

私は、裁きを受けるべきなのでしょう。

――手紙の書き手は、

私をその教団の一員として

引き入れたいと書いていました。



その前に、サスリカという小さな町に

来るよう書かれていました。

そう、ここです。

私の魔術はとても強い。


それは私に魔術を与えた者が特殊な

『神格』というものである可能性があるからだ


そう書かれていました。

「神格」とは何なのか。




詳しいことは分かりませんが、きっと私は、

傍から見れば怖いのでしょう。


こんな、魔女なのですから。




だから、直接呼ばずに、別の場所で

どれだけ私が危険なのか調べるのでしょう。

来なければ酷い目に遭うだろう、などと、

様々なことが書かれていたけれど――




そんなもの無くたって、

断る理由はありませんでした。




兄には、友人に会いに行くと言いました。

私、行くの楽しみなの

あの言葉に、嘘偽りはありません。






こうやって私が離れることで、

兄を守ることができる。


迷惑をかけてばかりだったけれど、

これからは兄に負担をかけることもなくなり

兄を、この恐ろしい世界から守ることができる。




そう思えば、むしろ

楽しみなくらいだったのです。





実際、うまく笑えていたみたいでした。

そんな覚悟で来たのに。

――サスリカでの数日は、とても穏やかでした。

着いた当日にでも手紙の相手が会いに来る

と思っていたのですが、

何故かまだ連絡はありません。

ただ、変わりに、この町で起きている

奇妙な失踪事件のことを聞きました。



ここ10日くらいで数人いなくなっている、

という話でした。

――私は、行方不明になった人の顔に

成りすまして調べることにしました。



少しの時間なら、あの呪文で

生きているものの見た目を

変えることもできるのです。

別に、今更ヒーローになりたいだなんて

思っていません。

罪滅ぼしができるとも思いません。

ただ、この町の人々が皆、どこか暗い様子でいる。

いつも沈んだ顔をしている。

それが、嫌だったのです。

みんな、良い人たちだから。

――そして、今私が気づいたことを

まとめておきます。

この町のどこか、きっと樹海に、

化け物がいます。



雪の上に引きずったような妙な跡があるのを

見た人がいます。

ここ10日くらいの間に現れたようです。

私に接触した教団と関係があるのかは、

知らないので分かりません。

私がいくら行方不明者を装って歩き回っても

ほとんど何も情報を得られていません。

何か新しく起きることもありませんでした。

むしろ、町の人たちに1、2度

見られたのに何も騒ぎにならないことの

方が不思議でした。



やはり、サスリカの人たちは

どこか疲弊しているように思えます。

何かあったのでしょうか。

それはともかく、

自慢ではありませんが、ただ見かける程度なら

私の術が見破られるとは思えません。


最初から知ってでもいなければ

本人ではないと気づくのは無理だと思います。




私のしたことが

罠として機能しなかったのには、

きっと理由があります。

変装だと気づくくらい頭が良いのか、

化け物には呪文の効果が現れないのか、



行方不明者の身柄は

完全に押さえているから

本人のはずはないと

確信しているのかもしれません。




もしくは、

魔女の居る世界なら、幽霊がいるくらい

大したことではないのかも。

……疲れてきたけど、もうちょっとだけ……

私のお伝えしたいことは、

これでほとんど全部です。

――私には、心残りはありません。



強いて言えば、もうこれからは

寝相が物凄く悪くてとても肌の弱い兄に

布団をかぶせてあげたり

肌を掻かないよう注意したりできないこと。



もし兄に会うことがあったら、

変なところで寝たり掻いたりしないよう

注意してあげてくださいね。



誰か、気を遣ってくれる人に

出会えるといいな。

これから――

……

……うまく、笑わなくちゃ

――これから


教団員からの接触もあるでしょうし、

その前にもしかしたら、

化け物に襲われて死ぬかもしれません。


その前に、誰かにこの日記の内容を

伝えたかったのです。

しかし、最愛の兄、イリューシェチカには


彼にだけは、

知られたくありません。

そのためには、      

Ж

破れているため、

続きを読み取ることはできない。

Ж

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