……!

 その光は、かなりの強さだった。
 グリの灯す光に慣れている私でも、苦しくてうっすらと眼を細めてしまう。

はわわわ……!?

 隣から聞こえる彼女からも、驚きの声が漏れる。

『余剰、っつうわけでも、ねえかぁ?』

 周囲を覆う光を感じたのか、グリが呟く。おそらく――零れた光を、集めていたのだろう。
 けれど、吸い込みきれていないから、そう呟いたのだと想う。
 ……違うのかもしれない。吸いきれない、というより、覆われてしまっている、という方が、近いのかもしれない。

スーさん……!

 祈るような彼女の声から、状況はあちらも同じか、と理解する。

 まばゆい光は、さらに膨れ上がり。

(まずい、わね……)

 グリとスーという、二つの光。それらを圧倒する黒い塊からの光で、周囲を満たされる。
 ――もし、この光が、意図的なものであったら。

(今まで出会った光の塊であれば、この光が収まるまで、安全だと想いもできる)

 もし、やはりナニカの一種であれば、こうした光を嫌うので安心もできる。
 だが……違うのだと、私は判断している。グリも、彼女も、おそらくそうだろう。
 私が、この闇のなかで、今まで見てきた存在。
 眼の前にあるのは、それらとは、明らかに違うものだ。
 そう考え、警戒していたけれど。

 ――あっという間に視界へと戻ってくる、圧倒的な黒い世界。

『……そのあたりは、まぁ、一緒ってことかねぇ』

 グリが、安心したような声を漏らす。
 闇が戻り、私達にとっての当たり前が戻ってきたことを、喜ぶべきかは難しいところだけれど。

(光だけの世界というのも、安心できるものではないのね)

 私は、どうしてかそんなことを考えながら、眼の前の光へと視線を凝らす。
 黒い塊から発した光は、その身へと戻り。
 周囲の光と闇は、最初に出会った時へと戻っていた。

……

 私もグリにあわせるように、肩の力を抜く。
 カチャリ、と、ランタンの取っ手が、かすかに鳴った。
 ――まるで、心の中の気持ちを、解きほぐすように。

ほわわ……すごい、真っ白でした……

 横から聞こえてきた声も、心を和らげる。
 ……それは、認めるしかない。
 感心するように呟く彼女は、だが、眼の前の存在から眼を離さない。
 私も、力は抜いても警戒はしつつ、見据える。

 ――収束を始めた白い光が集まった、黒い脈動を持つ、その形を。

(集まった、わね)

 四方に伸び、うねり、広がった光。
 無秩序のように見えたそれらは、自分の住む場所を見つけたのか、ある一定の場所にとどまり定着する。
 発散し、こぼれ、不安定だった塊。
 その塊は、もう、私や彼女に似た形にほぼ成り始めている。

(人間……だけど、少し違う?)

 丸い塊の片側に、コブのような部分。それはおそらく、頭部と言われるところ。私がグリと話し、この世界を見るために必要な部分だ。
 そして、そのコブの、少し下。
 大きな丸い塊の両側から四本の先端が伸び、それらの二本が細かく分離して、腕になる。
 残った二本は、腕よりもさらに太く長く伸びて、二本の足に。
 生まれでた四本の手足を暗闇へと突き立て、コブを持ち上げる、その姿。
 輪郭だけを見れば、この世界に立とうとする動きを、しているのだろう。
 その動きに合わせるように、四肢やコブにも陰影が増えてくる。
 髪の量や、筋肉のつき方。目鼻立ちや、その身を包む衣服。

(全体は、やっぱり……人間に、似ている)

 変化を観察しながら、今まで何度も見てきた存在に似ていると想い、そう感じる。

『しかし、なかなかの身体だねぇ。そう、見れるもんじゃねぇぞぉ?』

 感心するようなグリの口調に、私も頷(うなず)く。……私は、警戒する、という意味だけれど。
 私の身体ほどありそうな羽や、腕のように長い角、肌に並ぶ突きたつような鱗など、人でない身にはなにかしらの特徴がある。
 それらは、人と呼ばれていないだけで、違う形の違う思考を持つ、別の"光の形"。
 今、眼の前でうごめき、形をとろうとしているのは――おそらく、人間。
 でも、気になることがある。
 それは、今まさに盛り上がり、輪郭を形作る全身の筋肉。その量が、まるで、なにかを詰め込んだように膨らんでいる。
 触れれば破裂してしまいそうなほど、張りつめた筋肉。自分の腕と比べても、それは際立っている。
 足もまた、同様。そのみっしりとした足で闇を蹴った時、どんな力が生み出されるのか。
 始めて見る、威圧感だった。肉体を鍛えあげ、力を誇る者は、たくさん出会ってきたというのに。

(私に、ナイフを突き立てた……あの、力強い腕とも、違う)

 抑えつけ、息を荒げるような力とは、また違う。
 言葉に出来ないが、黒い塊が次第に見せるそれらの部分に、異質さを覚える。
 今まで見てきた人間達の姿と比べ、なにかが違うのだ。
 ――どこか、ナニカに近い、違和感を感じさせるほどに。

グリ……

 ぐっと手に力をこめ、名前を呼ぶ。
 ……自分のこうした部分も、甘えだとわかりながら。

『しっかり、握りなよぉ。俺が照らしてる間は、近づけさせねぇからよぉ』

 グリもまた、私のその些細な動作の意味を、理解してくれた。
 ――かっこつけすぎよ、と言ってやりたいくらい、くすぐったくもあったが。

『しかし、そうだなぁ……こいつぁ、ちょっと気を付けた方がいいなぁ?』

 無言で頷き、グリの光を、黒い塊へと近づける。
 ……もう黒だけではない、光と闇が織りなす、人の形になり始めた者へ。
 形をより深く映すように照らすと、その塊もまた、新たな形を深く手に入れていく。
 ――やはりこれは、普通の光の塊とは、違うものだ。

"……ぅ、うぅ……!"

 警戒心を高める、私とグリ。
 それは、その異様な姿から来るものだけではなかった。
 形をとりはじめた、その姿は――おそらく、男性型。
 強大な肉体がうごめくたび、口元から、唸るような響きが聞こえてくる。
 まるで、獣のような声。
 背筋が震えるのは、考えて怯えたものじゃなく、勝手に身体が反応したもの。
 ――会話できるのだろうか。この形と、本当に?

(話し合いの余地が、もし、ないのなら……)

 どうするのか……そう、対策を考えていると。

(……話し、合い?)

 自分の思考に、違和感を覚える。
 いつもなら、危険と感じればグリに願い、光の形へ戻してしまうから。

『……』

 眼の前の唸りに対し、グリは、なにも言わない。
 いつもなら、形にならない光とわかれば、無言で吸いとり蓄える。
 形をとった光であれば、グリは『すまねぇなぁ』と別れの言葉を告げて、その身を崩す。

 ――グリと私はこの闇のなか、形にならないように光と交わりながら、進み続けてきた。

 なのに今日は、何も語らない。危険な光を眼の前にしながら、グリは、なにかを待っているかのようだ。

(私の言葉を、待っているかのよう)

 ただ、吸う側のグリにとっての不安も、あるのだと想える。

(……何も知らずに吸い込むのは、危険だから)

 それもまた、考えの片隅にある。同種の光だとは想えても、はたして吸いとっていいものかどうかは、判断の付かないところでもあった。

(だから、違う。さっき、浮かんだ考えは、違う)

 ――感化されたわけじゃない。
 今は、様子を見ているのだ。
 横の彼女だって、そうしているのだから……。

えっ?

 そんな、考え事をしていた私の横を、すっと通り過ぎる影。

『おおぅ?』

 グリもまた、意外そうな声を響かせる。
 声を上げたのは、だって、わからなかったからだ。
 とてとてと前に出て、黒い塊へと近づいていく、彼女の行動が。

……!

形を……っ!?

 私はその変化に気づくが、動くことができない。彼女のように、危険を感じながら前へ出る理由が、想いつかない。
 すでに形を取り戻し、全身を小刻みに震わせ、黒い塊は人型を取り戻している。
 光に照らされ、うっすらと見える、肌の色。白く、やや赤みを持った、皮膚の色。
 瞳と取り戻した顔で、周囲へと鋭い視線を向ける、男の仕草。

(なぜ、今、なの……!?)

 それがなんなのか、なにをするのか、まったくわからない男の前へ。
 彼女は、駆けだした。
 そして、男もまた、彼女を見つけた。
 交わされた、二対の瞳。
 立ち止まった彼女は、形を取り戻した塊へ、口を開いた。

 ――そして、暗闇を透き通すような明るい声で、その言葉を響かせたのだ。

おはようございます!

 闇を通るその声が、響きわたると同時に。

 ――ゴウッ、という不気味な音が、私の耳に届いた。

……!

 それは、うずくまっていた塊が放ったもの。
 硬直していた筋肉が跳ね、その力を秘めていた右腕が、大きく弾んで動いた音だ。
 周囲の闇を消し飛ばしたのではないか、と錯覚するような鈍い音。そんなはずはないのに、それだけの威圧感。

 そして、その鉄拳は――。

(――っ!)

 ――彼女の顔めがけて、打ち出されたもの。

(だからっ……!?)

 もう、遅い。わかっていても、動かないわけにはいかない。
 危険は、すでに始まってしまったからだ。

 ――打ち抜いた拳が、次は、どこへ向かう?

 それは、近くで動く私だろう。そう、感じるから。
 私はグリを持つ手を上げ、急いで口を開く。

グリ、準備はいい!?

『……』

 鋭い語気でカンテラへと語りかけるけれど、反応が返らない。

グリ、どうしたの!?

 苛立ち、グリを少し揺さぶりながら、答えを求める。
 そして、返ってきたのは。

『面白い嬢ちゃんだなぁ』

 それは、グリにしては素直な、感心するような声だった。
 その声の響きに、胸の中がざわつくけれど、気になったこともある。
 感心するような声の先に、視線を戻す。

 ――なぜ、あの拳がなにかを打ち抜いた音が、聞こえてこないのだろうか。

 そして、見つける。
 拳に打ち抜かれ、闇の世界のどこかへ飛ばされたであろう、彼女の背中。

 なのにその背中は、さっきと同じように、まっすぐに伸びてあるのが見てとれた。

『セリン、見なよぉ。ありゃあ、考えてもできるもんじゃねぇぜぇ?』

……っ

 ――私は、驚きで息をのんだ。
 少しだけ、眼を凝らす。横合いの二人の関係が、もっとよく見えるように。

(止まって……いる? いえ、あれは……止め、たの?)

 全てを破壊するような、男の拳。
 凝縮された力の塊は、しかし目標を打ち抜くことは、なかったようだ。
 なぜなら、その拳は……彼女の顔の前で、止まっていたからだ。
 指の太さほどしかないだろう、ほんの少し手前。
 拳の力の余波か、彼女の髪が、少し広がっているように見えた。それほどの衝撃が、眼の前を通ったということだ。
 なのに、驚くべきは……その瞳が、まっすぐなこと。
 ぞくり、と、背中が震えた。
 瞳の他に、彼女が浮かべた、あるもののために。

おはようございます♪

 ――自分を打ち抜く拳を前にして、なぜ、笑っていられるの?

……う、うぅ……

 うめくような声は、私でも彼女でも、グリでもない。
 拳の主は、拳を前に突き出しながら、揺れる両足で闇を踏みしめる。
 みっちりと詰まり、どこか危険さを感じさせた光の形は、間違いではなかった。
 鍛えられた身体は、形になる前の黒い塊の名残を、強く感じさせる。
 荒々しく生え揃い、弾け飛んだような髪型も、その威圧感を増す原因の一つ。
 そして、眼孔。顔一面にびっしりと生えた髪の奥、鋭くのぞく眼孔が、私と彼女の姿を射抜いている。

(……重い、わね)

 気分が締め付けられ、身動きがとれない。
 ――なのに、彼女は違う。口元の笑みは、消えないまま。

あの、調子はいかがですか

 動けない私。
 動かない男。
 動かそうとする彼女。
 ……沈黙を破ったのは、男だった。

お前は……違う、のか

違う? 違うって、リンのことですか?

 男の声に、彼女は明るい声で答える。
 怯む様子はなかった。眼の前に拳を突き出され、鋭い眼光でにらまれているのに。
 だが、それを不思議に思ったのは、私だけじゃない。
 拳を向ける男もまた、同じ気持ちになったようだ。

……逃げないのか

 あくまで拳を突き出したまま、男は問いかける。
 見守る私と男の瞳を受けながら、変わらぬ笑顔で、彼女は答えた。

逃げるって、どうしてですか?

俺からだ。
なぜ逃げないのか、と聞いている

ほえ?
だって、手を差し出されたの、わかりますから

手を、差し出す……だと?

はい!
だから、リンは逃げませんよ♪

 明るく答える彼女の声に、男は戸惑うような声をもらす。
 私も同じように、彼女の言葉に驚いていた。

(あれを、手を差し出すだなんて……どう、して)

 あれは、手を差し出す動きじゃない。
 どう考えても、助けを求める弱さの形じゃない。
 ――なにかを破壊し、殴るための動き。
 眼の前の敵、もしくは都合の悪い存在を、排除するための行動だ。

……

 変わらず男は、手を収めようとはしない。つまりは、そういうことなのだと想う。
 その破壊する手が、彼女の顔の前で止まったのは、偶然か、故意か。
 男の口振りでは、自らの手で止めたようにも、聞こえたけれど……その内心は、わからない。
 警戒心のない彼女の様子に、止めたのか。
 もしくは、相手より心理的優位に立つためか。
 ――少なくとも、わかることがある。それらは全部、手を差し出したなんて生やさしい行動では、ないのだということが。
 剥き出された腕の筋肉や、その瞳から発せられる殺気は、救いを求めるものとはまるで違う。
 ……だけれど、眼の前で笑い続ける彼女の眼に、その危険さは映っていないようにも見える。

(彼女は、わかりながら、なの。それとも、本当に……)

 戸惑う私の横で、男は苦笑しながら、彼女へと話しかける。

これを、手を差し出すとは……言わぬな

そうですか?
でも、誰かを探しているようにも、見えましたので

……

 少しだけ、男の息遣いが、つまったような気がした。

(反応が、違う)

 その息づかいは、予想外のことを言い当たられたかのような、驚きに感じられた。
 すると、男以外にも、同じような存在が近くにいるのだろうか。
 もしくは――かつての世界で、拳を向ける存在とともに、闇にとりこまれたのだろうか。

(いたとしても、それは……)

二人……いるのか

 男の眼が、彼女と私の間を、瞳だけで観察する。
 一切、油断をしていない動き。かすかな瞳の動きなのに、全身を観察され、覗き見られているような心地になる。
 その間にも、男の身体は、着実に形を取り戻している。
 今すぐにでも私達を抑えられるような、みなぎる威圧感とともに。

はい!
リンはリンっていいます!

 ――なのに、彼女の様子は、まったく変わらない。

そして、こちらがスーさんです!
スーさんは、とってもステキなんですよ♪

 そうして手元のマッチを、満面の笑顔で男へと近づける。

……まぶしい、な

 マッチの光を向けられた男が答えたのは、戸惑うような、小さな呟き。

はわわ、すみません

 慌てて彼女は手元の光を引くが、男は怒っているわけではないようだった。

不思議な光だ。
熱くもなければ、消えもしない

 むしろ男が漏らしたのは、興味深そうな響きだった。
 もしかすると、かつて存在していた世界の光と、グリの放つ光の比較をしているのかもしれない。
 ……それは、この闇の中、恐怖に落ち込むことなく現状を認識しているということだ。

(観察されている、のね)

 それは、こちらも同じことだけれど。
 冷たい瞳の奥で、語らず、こちらの内心を見透かそうとしてくる男の視線。

 ――やはり、危険だ。

 私が、何度目かになるその想いを、もう一度確認したところで。

そしてっ!

えっ?

 バッと彼女は空いている手を、私の方へ広げる。
 開いた手から顔へ、視線を移せば……こちらが驚くような、満面の笑顔。
 そしてそこから発せられる声もまた、嬉しさで満ちた明るさがあった。

こちらがセリンです!
セリンは、とっても良い子なんですよ!

 ――聞いているこちらは、まったく逆の感情を、顔に浮かべることになったが。

(……はっ?)

 なにをもってそう言っているのか、まったくわからない。
 だから、聞き流す。
 受け流せない視線が、私に注がれているのが、わかっても。

良い子……?

 ――男の視線が、より一層強まる。

……

 私はさっきから、一言も話しかけていない。
 そして、男に対する警戒心も、解いてはいない。
 それゆえ、相手も気づいているのだろう。
 眼の前の彼女とは違い、私という存在が……信用できない、敵に近いものだということを。
 男は、おそらく――そういう違いや危険に、気づくことができる。

(かつての世界で、こことは違う、危険を知っていた)

 そう、私は感じていた。

あぁ、良かったです♪
セリン、リンはとっても嬉しいです!

 ……横からの能天気さに、その緊張感は乱されるけれど。
 どう答えようか、迷ったが。

嬉しくなることなんて、なにもないと想うけれど

 警戒心を解かない程度で、そう答えると。

リン、初めてなんです

初めて?

お友達を、紹介するの♪

 ――まさか、の言葉に。

……っ

 ぎりぎりぎり、と、グリを持つ手に力がこもる。

『いたっ、きしむきしむ、落ちつけぇセリィン……!』

 ――本当、眼の前に、危険がなきゃ。

(怒鳴りつけて、見捨ててしまいたいのに……!)

 だが、そんな油断を、男に見せるわけにはいかない。
 ――私達の息の抜ける会話にも、男は、ぴくりとも笑いを発しない。
 くるり、と、今度は男の方に向き直る彼女。

なので、そんなに怯えなくても、大丈夫ですよ♪

 その言葉に、また男は驚いたようだ。

怯える……怯えるだと?

はい!

あの、それとも……怖がっておられます?

 ――いったい、なにを言っているのだろう。
 もう、彼女の身まで見ていられない。
 そう感じ、男の様子を観察していたけれど。

(えっ……?)

……ふっ

 男の顔に浮かんだのは、予想していなかった、かすかな笑みだった。

どちらも、似たような意味だろうが

そう、なんですかね?

 朗らかに微笑み、彼女は男の声に受け答える。
 そうして、男は――

 構えていた拳を解き。
 ゆっくりと、自分の身体へとその腕を、戻したのだ。

(どうして、拳を、解いたの……?)

 私には、わからなかった。
 彼女の何が、男の鋭さを引かせたのか。

とぼけているのか、知っていてやっているのか……

 呟きながら、男は身体全体を小刻みに動かす。
 なにかを確認するような動きは、自分の現状を把握するためのものか。
 同時に、そのナイフのような瞳は、周囲の闇や私達にも向けられている。
 ……拳を引いても、警戒心が消えたわけではないようだ。

おまえ達の名前は、わかった。
リンと、セリン。
……さて

 こきり、と、手を大きく鳴らした後。
 男は、ぐるりと周囲を見渡し、私達へ問いかける。
 答えを吐かせるような、低く暗い、圧迫するような声で。

聞かせてもらおう。
ここは、地獄か。
それとも、冥府か。
もしくは……それ以上の、ナニカなのか?

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