質問を始めます。『忘れられない人』について。まずは無理せず、その人のことをぼうっと思い浮かべてみてください

鳴海 雪菜

……ぼうっと

えぇ、意識せず、ぼんやりとしていて構いませんので

僕がそう言うと、彼女は目を閉じて息をすぅっと吸い込んだ。

そして、ゆっくり吐きながら、肩の力を抜いている。

思い出したその人について、なんとなくわかる情報はありませんか?

鳴海 雪菜

男子、です。なんだか背が低くて……服は、制服です

紙に、発された情報を記していく。

学生の頃の、友達か恋人……という感じでしょうか。あ、無理せず、ということを忘れず意識し続けてください

鳴海 雪菜

恋人、どうでしょう……友達、かもしれませんが

『忘れられない人』との関係についてははっきりしないようだ。

でもやはり、『忘れられない人』というくらいなのだから、恋人、だろうか。

決めつけはいけない。でも、『記憶』を覗いたとき、わからなかったら元も子もないから、思考を続ける。

そうだ……最初に、名前が思い出せない、とおっしゃいましたが、顔は思い出せますか?

鳴海 雪菜

顔……ぼんやりとなら、今、思い出せてます

その顔に、最近会ったりはしませんでしたか?

鳴海 雪菜

あるような、ないような……。私は成人式にも同窓会にも参加しなかったんですけれど。でも、すごく懐かしい感じがします

わかりました、質問は以上です

一度、頭を真っ白にしてみてください

鳴海 雪菜

え、真っ白、真っ白に……

意識せず、深呼吸しながらゆっくり思考を消していくんです。最後まで、無理しないことを意識してください

目をぎゅっと瞑りながら、深呼吸は、ゆっくり、ゆっくりと。

鳴海 雪菜

真っ白に出来たかは、わかりませんが……

やがて彼女が目を開く。さっきまで眉間に寄っていたしわがなくなって、穏やかな表情になっていた。

それで、大丈夫です。では、一度全部忘れて、雑談でもしましょう。あ、お時間大丈夫ですか?

鳴海 雪菜

大丈夫ですが……なんで、雑談?

関係のないことを話して、頭をすっきりさせるんです

それから、鳴海さんの『記憶』をみることになります

鳴海 雪菜

なるほど、わかりました

彼女はふっと息を吐いて、窓の外に目を向けた。

鳴海 雪菜

あ、猫可愛いですね

猫?あぁ、あの猫、近所の猫なんです。よく、足にすり寄ってきますよ

鳴海 雪菜

猫、大好きなんです。可愛いし、癒されるし

僕もですよ。猫、飼いたいと思うんですけどね

鳴海 雪菜

私は、飼うのもいいですけど、野良とか、道端で呑気にしてる猫をかまったりするのも好きなんです

あ、それです。同感。猫は、日向ぼっこしてるところがいちばん可愛いと思います

鳴海 雪菜

ですよね!私の周り、犬が好きな人ばっかりで。なかなか話の合う人がいなくて……なんだか、嬉しいです

僕もです。猫派、すくないですよね……。あんなに可愛いのに

僕も窓の外へ視線を向ける。

猫伸び。背中をぐうっと伸ばしている。にゃぁ、と声が聞こえた。

ちょっと、外に出ますか?

鳴海 雪菜

えっ、いいんですか?

もちろんですよ。あの猫、おとなしいですから、好きなだけ、抱っことか、撫でたりとかさせてくれますよ

鳴海 雪菜

わぁー!!行きましょ、行きましょ!

ここまではしゃぐとは。

はっきりしない、弱い感じの人だという印象は、この時にはもうすっかり変化しつつあった。

第六話へ、続く。

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