--------時蔵街。時を蔵する街。
--------時蔵街。時を蔵する街。
なんてぴったりな名前なのだろう、と舞花から聴いた話を思い返しながら、改めて思う。
書いてもらった地図を手に、『時間屋』への道を歩く。
……この街の時を、頂きましたからね
舞花が聴いたという、時間屋店主・時屋吉野の言葉。
その言葉が真実にせよ嘘にせよ、信じずにはいられないほど街は静寂に包まれている。
人とまったくすれ違わない。風がない。
明らかに、他とは違う空気。正直、すこし恐怖を感じている。
足取りは自然と、重くなる。引き受けた役目は、ふたつ。
ひとつめは、花楓さんが末期癌と診断され、病院から動ける状態にないことを伝えること。
もうひとつは、契約者が動けずとも取引は出来るのか、ということ。
由宇、貴方、ほんとうにあの店へ行ったの……?
舞花は知らない、僕と花楓さんのやりとり。
……舞花とふたり、見舞いに行ったその二日後、実は僕は、花楓さんに呼び出されていた。
えぇ、行きましたよ
嘘ね。……でもこれから先、その予定があるのね
……やっぱり、筒抜けですか。敵いませんね
嘘を吐いてしまってすみませんでした。舞花ひとりでは折れてしまいそうだったので、一緒に行ったことにしよう、と
そんなことだろうと、思ったわ。ありがとう、やっぱり貴方は頼りになるわ
だからこそ、貴方に頼みたい。時間屋さんに、私が病院から動けなくても時間を売っていただけるのか訊いてきて欲しいの
やはり花楓さんは、自分の容態がどれほど悪いのか、理解している。
……気づきを強いてしまったのだろうか、という罪悪感もある。けれど、そんなこと関係なしに、花楓さんは勘のいい人だ。気づかない方が不自然なくらいに。
……構いませんが、なぜそれを、僕だけに伝えるんです?
舞花はきっと、出来るなら、あの店にはもう行きたくないと思っているはずよ。……恐ろしいところだから
でも、舞花は行きますよ
それを止めて欲しいの。あの店と関わるのは……よくないから
……ふふっ、花楓さん、ほんとうに舞花のことが大切なんですね
もちろん、貴方のことも大切よ。……けれど、貴方だって、舞花が大切でしょう?
愚問ですね
では、頼むわね。……時間が、ないから
そんなことがあったから、僕は、舞花のためだけでなく……花楓さんのためにも、此処に居る。
それにしても、時間がないから、とは、どういう意味だろうか。寿命が近い……という意味ではないだろう。時間を買おうとしているのだから。
いや、でも……買う必要なんて、ないはず
……きっと考えてわかることではないだろう。
そろそろお店に着く頃だ。……看板が視界に入り、僕は地図を仕舞って歩みを早める。
僕は今、任されたふたつの役割を果たすために此処に居る。
大切な舞花のため、時間がないといった花楓さんのため。出来ることを、する。
確かめたいこともあるし、ね……
花楓さんに残された時間に、どれほど猶予がないのかはわからないけれど。
自分に残された時間に、もう猶予がないことくらい、よくわかっているのだから。
いらっしゃいませ。……おや、これはこれは
こんにちは
お久しぶりですね、時屋さん
第十三話へ、続く。