逢坂

いらっしゃいませ

明るい店内で私たちを出迎えてくれたのは、柔らかい笑みを浮かべた男性だった。

弥生 皐月

こんにちは、逢坂さん。先日はお世話になりまして

逢坂

弥生さん、お久しぶりです。お元気にされてましたか?

弥生 皐月

おかげさまで

逢坂

それは良かったです。……ご予約承っております、皆さんどうぞ、お掛けください

促されるまま、ローテーブルの傍にあるソファへ腰掛ける。

逢坂

改めて。記憶屋店主、逢坂と申します。今日はよろしくお願いいたします

神原 秋帆

よろしくお願いします

二ノ宮 舞花

よろしく、お願いします

逢坂

それで、ご依頼人の方は……

二ノ宮 舞花

あ、私です。二ノ宮舞花といいます

逢坂

二ノ宮舞花さんですね。では早速ですが、こちらの用紙……プロフィールのようなものなのですが、ご記入ください

二ノ宮 舞花

はい、わかりました

神原 秋帆

あ、あの、わたしたち、ついてきておいてあれなんですが、同席してもいいんでしょうか?

逢坂

二ノ宮さんがいいのであれば、なにも問題ありません

二ノ宮 舞花

私は大丈夫です

弥生 皐月

案内役を買って出ておいてなんだけど、僕はふさわしくないんじゃない?事情、なにも知らないし

二ノ宮 舞花

大丈夫です、隠すことなんてなにもありませんし、此処まで来れたのは弥生さんのおかげですから

弥生 皐月

そう?じゃ、お言葉に甘えて。言いふらして回るような、下品なことはしないって約束するよ

二ノ宮 舞花

そんな人じゃないってことくらい、わかりますよ

必要事項は、名前や誕生日、血液型……趣味や、私のことについて書かなければいかない欄もある。

書きながら、私はふと気になったことを尋ねてみる。

二ノ宮 舞花

あのこれ、なんのために書くんですか?

弥生 皐月

あ、僕も同じこと訊いたなぁ

逢坂

依頼人の方についてなるべくたくさんのことを知っておきたいんです。……記憶に、辿り着きやすくするために

二ノ宮 舞花

なるほど……

そんなに迷うこともなく、欄は次々埋まっていく。

二ノ宮 舞花

……よし。書き終わりました

逢坂

ありがとうございます、拝見します

しばしの間の後、用紙から目線を上げ、逢坂さんは背筋を伸ばした。

--------あぁ、始まるんだ。

私も思わず姿勢を正した。力を入れすぎないよう深呼吸することも忘れずに。

逢坂

では改めて。依頼内容についてお聴かせください

二ノ宮 舞花

はい。……私が、みていただきたいのは、私の祖父との記憶です。私が物心つく前に亡くなっているのですが、その……

表現が難しい。ありのまま話して、しっかり伝わるだろうか。

逢坂

大丈夫ですよ。思っているまま、お話しください

二ノ宮 舞花

あ……。その、先日祖父との会話について思い出す機会があって。でもその時思い出した祖父は、写真よりもだいぶ歳を取っていて。私も……成長していて。

二ノ宮 舞花

……自分の記憶のはずなのに、ずっと昔に亡くなった祖父との記憶が残っているのも、よく考えたらおかしいような気がして怖くなってしまって、ずっと悩んでいたんです

逢坂

その、辻褄の合わない『記憶』について、知りたいんですね

二ノ宮 舞花

そうです。こんなことって、あるんでしょうか

逢坂

……正直僕も初めてです。僕が今まで覗いてきたのは『記憶』のワンシーンだったり探し物だったり人などです

逢坂

『記憶』そのものをみること、正体のわからない『記憶』に出逢うこと、どちらも初めてです

二ノ宮 舞花

……そう、ですか

自分で理解しきれていないもの、扱いきれていないものを誰かに預ける。

こんなにわからないことだらけの状態で、他人によりかかる。

……改めて、怖くなる。弥生さんの言う「心の準備」の意味を、私は履き違えていたのかもしれない。

『記憶屋』という未知との出逢い。その衝撃に備えるだけでは、全然、足りなかった。自分の今までの人生を明け渡す。……想像を超えていた。

『記憶』と出逢う時間、それだけではない。

自分自身--------まだ知らない、けれど知っているはずの自分と向き合う時間。

どんな『記憶』も受け止める、「心の準備」が必要だということだったのだ。

逢坂

でも、どうか不安にならないでください

二ノ宮 舞花

……え?

逢坂

僕の仕事は、お客様の記憶を預かり、お客様と一緒に向き合い、受け止めることです。それにほら、二ノ宮さんには、そちらの……

神原 秋帆

あ、名乗ってなかった。神原秋帆ですっ

逢坂

神原さん。神原さんも、弥生さんも居ます。他にも……きっと、居るんでしょう?

逢坂

ひとりじゃ、ありませんよ

……ひとりで勝手に不安がって、協力してくれている大切な人たちのことを、考えていなかった。

私が此処に居るのは、元に立ち返ればおばあちゃんのためだ。

けれど今は、今日は別行動している由宇や、今一緒に居てくれている秋帆、『記憶屋』を紹介してくれた真冬さんや案内してくれた弥生さんのためでも、あるんだ。

「一緒に、受け止める」。逢坂さんはそう言った。

……こんなに心強いことがあるだろうか。

二ノ宮 舞花

はい、そうですね、ありがとうございますっ

逢坂

それでは、ちょっと、『休憩』しましょう

二ノ宮 舞花

休憩……?

逢坂

一度、思考をすっきりさせるんです。外に出て、空気を存分に吸って、難しいことから今だけ、目をそらすんです

神原 秋帆

あっ、わたし実は、外に居た猫のこと気になってたんだよね!舞花、行こう?

二ノ宮 舞花

うんっ

逢坂

……いいお友達ですね

弥生 皐月

やだな、当てつけですか?

逢坂

とんでもない。……羨ましいだけです

弥生 皐月

僕にも、神原さんのような友達が居れば、なにか違っていたんでしょうかね

逢坂

……ないものねだりは、よくありませんけれど。きっと、人に恵まれることは幸福になるために必要な要素のひとつですよ

弥生 皐月

まぁ、まだ間に合うと信じてますよ、僕は

逢坂

僕もです

第十二話へ、続く。

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