――ハルが来る少し前。

シャセツ

あんたが場長か?

 シャセツが不躾な質問をしたのは、一人で食事をする白髪の老人だった。誰も近寄ろうとしなかったその老人は、まだ骨付き肉に食いついている。

シャセツ

おいジジイ!
聞いているのか。

 老人は骨付き肉を綺麗に食し、残った骨を口に放り込んだ。

 ボギッ! ガッ! バギッ! ボリッ!

 白く立派な髭を下げる顎を、上下左右に動かし嚙み砕く。骨の歯ごたえに満足した表情を浮かべる老人。周囲で見ていた者は、既にこの人が場長だという事に感づいていた。

シャセツ

ジジイだから耳が遠いんだな。

場長

ほうよ、全然聞こえとらんよ。

 場長と思しきその老人は、訛りのある話し方で返事をした。そして、そのまま皿に残るライスを食べ始める。

シャセツ

ジジイ。
いい加減にしろ!

 シャセツは近くにあった椅子を蹴り飛ばす。椅子は壁まですっ飛んでいきバラバラになった。

場長

あーあ、怒られるよ。
椅子めげとるし。
流石にいけんじゃろ。

 そう達観した物言いで、別の皿にあったゴールドコーンと呼ばれるとうもろこしを手に取った。

 シャセツはそのゴールドコーンを左手の甲で弾き飛ばした。

シャセツ

知るか。
貴様への挑戦は
いつでもどこでもO.K.だと
聞いたからな。

場長

…………

転がっていくゴールドコーンを眺める場長。そして初めてシャセツの顔に視線を移す。

場長

元気なんは結構。
ワシへの挑戦も
好きにしたらええ……

場長

嘘じゃろ、
気ぃ早すぎじゃけ。

シャセツ

ここのトップが
どんなものか試してやる。
かかってこい!

 シャセツの鋭い攻撃をさける場長。テーブルにある食器が割れ、残っていた料理が飛び散った。

場長

おーおー、怖い怖い。
ほんま、わやするけぇ。

シャセツ

逃げ回るのは
お上手なようだな。

場長

そりゃぁそうじゃろ。
なんでわざわざ痛い思い
せにゃならんのじゃ。

 遠巻きに見ている者からすれば、シャセツの攻撃は訓練生とは思えぬ鋭さだった。流れるような動作は理にかなっており、攻撃後には次の攻撃の準備が出来ている。しかし、場長はすばしっこく動き回り、全く命中させる事が出来ないのだ。

シャセツ

図に乗りやがって!

場長

ほれほれ、
こっちじゃ
こっちじゃ~♬

シャセツ

クソジジイ!
ピョンピョンと
うっとおしい!

場長

ひょろひょろの
われの攻撃などあたらんわ。

シャセツ

フン!

場長

……、
お百姓さんに謝らんかい。

シャセツ


何を言っている?

場長

お百姓さんに
謝れ言うとるんじゃ。

シャセツ

訳の分からん事を……。
本気でかかってこい。

場長

ほうじゃのう……、
ほんじゃあ、ちょびっと本気を
出してやろうかの。

シャセツ

やられた後の言い訳か。

場長

じゃが、ワシが勝ちゃあ
明日一日、農作業を
手伝ってもらうけんね。

シャセツ

フン、さっきのメシの
償いとでも言いたいのか。

場長

自覚がありゃあ
それでええ。
この拳はワシのもんやない。

場長

お百姓さんの拳や!

ハル

あのシャセツが一瞬っすか!?

メナ

しかも、そこからタラトさんが
乱入して無茶苦茶。
マスターリーベがここに
来るまで、散々暴れ回ったの。

アデル

食堂の被害は
テーブル8台に椅子19脚。
割れた食器は数え切れません。

アデル

食べれなくなった
御料理も沢山……。
……残念です。

ジュピター

で、二人共、
場長にボコボコにされて
完全にダウンってわけだ。

ユフィ

もうかなりの歳みたいだけど
底なしに強い、って
感じだったわ。
伊達に訓練場の長を
名乗ってないわね。

ハル

うっへぇ~。
あの二人をボコボコっすか。

  ハルはシャセツとタラトが十分に強いと感じていた。どの能力も洗練されたシャセツ、そして野生の圧倒的な力を感じるタラト。その二人を手玉に取った場長が、気になって仕方がなかった。

 ~錬章~     37、百姓の拳

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