土曜日、私は秋帆と『記憶屋』のある憶夜街へ来ていた。

憶夜、なんて、時蔵街のときも思ったけれど、とても珍しい名前だ。在るべき場所に在る、ふたつのお店。『時間屋』と、『記憶屋』……そういう風に感じる。

……そのひとつ、時間屋にも行かなければいけないのだが、その役目を、由宇が買って出てくれた。だから今日は別行動だ。

記憶屋に伝手があるという秋帆のお兄さんの知り合いの、知り合いの……とにかく、知り合いの人とは、最寄りのバス停で合流することになっている。

神原 秋帆

目的は遊びじゃないとはいえ、舞花と出かけるなんて久しぶり!

二ノ宮 舞花

そうだね、なんか、楽しい

不謹慎だろうか。でも、秋帆と居ると、暗い気持ちも晴れていく感覚がある。

これから向かう先でなにが待っているのか……怖くないといえばそれは嘘になる。

でも秋帆のおかげで、今はそれも薄れている。なんだか、由宇も秋帆も、兄や姉のような存在だ。改めて、人に恵まれているんだな、と気づく。

憶夜、次は、憶夜~

特急バスで、朝夕二本のみ。時蔵より交通の便が悪い。乗り過ごさないように、眠らなくて正解だったと思う。

見慣れない、石畳の街。車窓からみた景色もそうだったが、名前を裏切らない、趣のある不思議な街だ。

あっ、こっち、こっちだよ

と、後方から声が掛かる。

神原 秋帆

あっ、もしかして、弥生さんですか?

その声の主の姿を認めると、秋帆がすぐさま返事をした。どうやら、弥生さん、彼が今日私たちを案内してくれる人のようだ。

弥生 皐月

おぉ、話は聴いてたけど、元気な子だねぇ。うん、僕が弥生だよ。弥生皐月です、今日はよろしくね

神原 秋帆

今日はわざわざありがとうございます、神原秋帆です

二ノ宮 舞花

あっ、二ノ宮舞花です、今日は、よろしくお願いします!

弥生 皐月

うん、それじゃ、早速行こうか。話は、歩きながらで

……弥生、皐月さん。春のように、のどか。物腰の柔らかい優しそうな人だ。

もちろん彼がどういう人間なのかはわからないけれど、この人は信頼できる……勝手にそんな風に思った。

弥生 皐月

この街は初めて、だよね

神原 秋帆

ですね。石畳の道なんて、新鮮です

二ノ宮 舞花

私も、初めてですね

会話を交わしながら、ゆっくり歩く。石畳にコツコツと響く足音が好きで、一歩一歩、いつもより意識して踏み込む。

神原 秋帆

弥生さん、早速で申し訳ないんですが、今から行く『記憶屋』とやらのこと、教えてもらえませんか

弥生 皐月

あれ、湊さんから聴いてないの?

神原 秋帆

え、湊さんも記憶屋のこと知ってるんですか

弥生 皐月

いや、すこしでも事前情報があったほうがいいかと思って、真冬さんに伝えるように頼んでおいたんだけど

神原 秋帆

聴いてません、そんな話!湊さんサボりましたね、まったくこれだからあの人は

二ノ宮 舞花

えっ、なに、湊さん?真冬さん?誰?

神原 秋帆

あぁごめんごめん。真冬はわたしの兄貴で、湊さんは兄貴の後輩。弥生さんと兄貴とは面識ないけど、湊さんの知り合いと弥生さんが友達だったから、今日は弥生さんに来てもらえたの

二ノ宮 舞花

わ、わかるようなわからないような……

秋帆のお兄さんは相当苦労したに違いない、ということだけはわかった。今度、お礼しよう……。

弥生 皐月

まぁ、縁があったってことで。……とりあえず、ふたりはあの店について何も知らないってことで、いい?

神原 秋帆

そうなりますね……記憶のことを調べられる、というぐらいの認識です

弥生 皐月

じゃあ説明するね

『記憶屋』。記憶を調べる、という認識を改める必要はないよ、端的に言えば、ま、その通りかな。

記憶屋の店主は、他人の記憶を覗く力を持っているんだ。……ま、疑う気持ちもわかるけど、とりあえず僕を証人として。僕も記憶を覗かれたひとりだから、信じてくれると嬉しい。

仕組みなんかはよくわからないけど、どうやら、依頼する記憶以外のものまで、彼にはみえてしまうらしい。

弥生 皐月

だから二ノ宮さん、君は、心の準備をしっかりしておいた方がいい

二ノ宮 舞花

心の、準備……

弥生 皐月

……『記憶屋』については、まぁ、こんなもんかな。あとは自分で体験してみる方がわかりやすい。さ、そろそろ着くよ

いつの間にか、のどかな風景が一変、静かな道を歩いていた。

弥生 皐月

此処だよ。準備はいい?

二ノ宮 舞花

……はい

乗り越えなければならない、壁。

知らなければならない、まだ私が知らない、私の『記憶』。

私とおじいちゃん、ふたりの過去と、向き合う時間が始まる。

第十一話へ、続く。

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