--------結局、私と由宇はおじいちゃんのことも、おばあちゃんのことも、契約のことも時間屋のことも、ひとつも核心に触れた話をすることができなかった。
--------結局、私と由宇はおじいちゃんのことも、おばあちゃんのことも、契約のことも時間屋のことも、ひとつも核心に触れた話をすることができなかった。
尻込み……というわけではない。確かに怖いという感情だってある。
でもそうでなく、なんというか……躊躇してしまった。
末期癌。その事実が、私たちを引き留めるストッパーになってしまっている。
余計なストレスを与えたくない。確実に弱っているおばあちゃんを刺激したくない。
時間は、刻一刻と進んでいくのに。
--------迷ったって躊躇したって、時間は待ってはくれないのに。
朝の教室は騒がしくて、あまり難しいことを考えずに済む。
……わかっている。安心するなんて、逃げているのと同じだ。
駄目だ、後ろ向きすぎるよ……
結局なにもわかっていないことに対する焦りだけが募っていく感覚が、ずっと私の中にある。
舞花っ、おはよ
秋帆、おはよう
そんな私に、秋帆の元気な声が掛かる。
どうだった、おばあちゃん
末期の、胃癌だって……
……そっか
落ちる沈黙。でもすぐに、秋帆が明るい声でその重みを吹き飛ばす。
元気のない舞花に、朗報だよっ
朗報……?
舞花が、あやふやだって言ってた記憶、あるでしょ?
あぁ、おじいちゃんとの……?
そう、それ。その記憶のことを調べられる、『記憶屋』ってお店があるの。兄貴に頼んで、伝手という伝手を辿って予約取り付けたから、土曜日、行こう
うん……って、え、えぇっ!?
今、秋帆はなんて……?
記憶を調べる、お店?
わたしもよくわからんから、お店に伝手のある兄貴の知り合いも一緒に来てくれるってさ。いい人!!
えっと、まだ、まとまんない……時間の次は、記憶?
はい、細かいことは気にしない!わたしへの感謝の気持ちは忘れず、ま、ひとまず、記憶屋のことは置いておいてさ
無理だよ~
おはよう、って、なに、どうしたの?
おっ、羽邑!おはよう、朗報でございますよ……
--------どういうことだろう?
考えても仕方がないってことは、『時間屋』の一件で、ずっと思い知らされ続けている。
……それでも、考えずには、いられない。
--------『記憶屋』。
『時間屋』を知ってしまった今、その存在を疑うような気持ちはない。
でも、そういう、ファンタジーじみたお店に慣れたわけではない。
『時間屋』のように、記憶の売買を行うのだろうか……?
でも、秋帆は、『調べる』と言った。『時間屋』とはまた違うような気もする。
ぐるぐる、また、わからないことが、増えてしまった。
チャイムの音でハッとする。
気づけば、由宇も秋帆も自分の席に着いている。
ふたりがこちらへ心配そうに視線を送っている様子をみると、私はまた呼びかけに反応できなかったのだろう。
最近、考え込むようなことが増えてしまった。……って、増えたことばっかり。
すこしも、気を抜けないのにな
……あぁ、そうだ。もう一度、時間屋へ行かなければいけない。
おばあちゃんがお店へ足を運べる状態ではないことを、伝えなければいけない……。
しなければいけないことばかりで、でも、なにひとつ手付かず状態であるということに改めて気づく。
ひとつずつ、焦らず、ゆっくりというわけにいかないけれど、確実に。
迫っているタイムリミットまで、止まらずに。
第十話へ、続く。