――DAY 1――

午後

空き家『ミーシャ』

本当に聞いて良いのか?

えっ……



 その口調に、イリヤは言葉を失った。


 怖い、だけではない。




 その声には、確実に何かが含まれていた。


 『怒り』ではない、

 『警告』とも違う、

 『心配』でもない。


聞きたくもないことで怒るなら分かる。アダムスキーさんが相当な危険人物だから極力関わるな、と言ってくれてるなら分かる。嫌な話だから気を遣っているなら分かる。
それなら理解できる

でも、なんで、そうじゃない?

なんで、この人は、

……僕に、
「その感情」を向けてくるんだ?


生まれと貧しさ、宗教の違いで

生まれながらにレッテルを貼られ

両親を亡くし妹を連れる



 そんなイリヤは、

 その感情を向けられるのに敏感だった。

「憐れみ」を

セミョーン(ショーマ)

……なんてな

 時間にすれば10秒にも満たなかった。



 セミョーンは表情を明るくして、

 また先程までの調子に戻る。

ショーマさん……

……

 混乱するイリヤをあえて無視するように、

 セミョーンは火掻き棒を手に取った。

セミョーン(ショーマ)

この町、サスリカには昔から、民間信仰、土着信仰って奴があった。
『かみさま』だ

イリヤ(イーリャ)

あ……ショーマさんも、信じてるんですか?

セミョーン(ショーマ)

イーリャはユダヤ教の一派だな?

イリヤ(イーリャ)

? はい

また、言ってないのに当てられた

セミョーン(ショーマ)

じゃあ、正教会の奴らは敵か?

イリヤ(イーリャ)

……ヤハウェ(ユダヤ教の神)を信じられないのは、哀れです

イリヤ(イーリャ)

……でも、もしそれだけで敵だなんて思うなら、リーリヤはこの町に来てません
異教徒だって仲良くなることはできると思います

セミョーン(ショーマ)

そうだろ?

セミョーン(ショーマ)

俺も同じってことだ。
俺はこの町の奴らが大事なんだよ、ここの『かみさま』とやらが俺の『神』と違ってもな

『神』





 セミョーンの言う『神』も、

なにか不思議な言い方であるように

 イリヤには感じられた。

この人も、きっと普通の宗教じゃない神を信じてるんだ……

 そこについては追及しなかった。


 いや、できなかった。

さっきのセミョーンさん……脅かしている風じゃないのに、怖かった……

 そうしていつの間にか、


『かみさま』の正体についても

 聞くことができなくなっていることに、

 イリヤは気づいていなかった。

セミョーン(ショーマ)

アダムスキー・アバルキンは、『かみさま』を殺した

イリヤ(イーリャ)

……なんて、言いました?

セミョーン(ショーマ)

そこまで変なことだったか? キリストだって一度死んでる

イリヤ(イーリャ)

それは……いや、そうじゃなくて、

セミョーン(ショーマ)

町の奴らは、『追い出された』……そう、言うだろうな。実際死んでるのかは俺も知らねぇ

……キリストが復活したように?

……『あいつら』は、殺したくらいじゃ死なねぇからな

え?

セミョーン(ショーマ)

独り言





 セミョーンは、手中で鍵をからり、と転がした。









なあ、お前に起こることすべてがサイコロの出目一つで決まっちまったらどう思う?

イリヤ(イーリャ)

サイコロ?

例えば、だ。出た目が6なら、お前は今晩熊に襲われる。1から5なら普通に宿に帰れるだろう

いや、キリが良いように10面のサイコロにしようか?

どういう――

0が出続けたら、そうだな、その熊が恐ろしい化け物だったことにしようか。
見ただけで動転するような、恐怖に囚われるような

あの――

リーリヤ嬢ちゃんが誰かに捕まってるとして、その生死をサイコロで決められたら?

何を、言ってるんですか?

この世には、そういう奴がいる。物事を決めるのに、情ってもんを一切持たない奴がな

イリヤ(イーリャ)

……アダムスキーさんも、そうってことですか

セミョーン(ショーマ)

何事にも、警戒した方が良いってことだ。運命の女神ってのは、気まぐれだからな

運命の女神……

 どこか遠くで。

 賽が投げられた音がした、ような気がした。

まぁ、言えねぇよな。

――知ったが最後、二度と正気じゃいられなくなる、なんて。

知らなかったところで、一度巻き込まれた以上、『奴ら』の掌からはもう誰も逃れられねぇ、なんて――

――そんな、憐れな話。

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