――DAY 1――

午後

空き家『ミーシャ』

セミョーン(ショーマ)

まあ、何もない部屋だけど、くつろいでくれ


『セミョーン・モルチャリン』

それだけ名乗った男は、イリヤを

 人気のない空き家へと連れてきた。



ドアには

『Миша(ミーシャ、『熊』の意)』

 と落書きされている。


セミョーン(ショーマ)

町の人らはみんな気が立ってる。少年みたいなよそ者とゆっくり話せる店がないんだ





 セミョーンは暖炉に火を入れている。



床に妙な染みが……

いえ……僕こそ、すいません。さっきはありがとうございました

セミョーン(ショーマ)

町の「安寧」ってやつを守るのが俺の役目だからな

イリヤ(イーリャ)

やっぱり、ここ……変な感じだ

空き家にしては綺麗だし、
隙間から冷気も入ってこない


イリヤはキョロキョロと

 空き家の中を見回した。

イリヤ(イーリャ)

セミョーンさんって、
何をされてるんですか?

セミョーン(ショーマ)

……アダムスキーと同じさ。
『情報屋』ってやつだよ

イリヤ(イーリャ)

じょー、ほー、や?

セミョーン(ショーマ)

知らないのか?
まあ、簡単に言うと、新聞だよ




 面倒臭そうに言うと、

セミョーンは古びたソファーに座るよう

 イリヤに促した。


セミョーン(ショーマ)

まあ、今ココでやってる仕事はあんまり関係ないから、何でも屋とでも思っててくれ。それから……





 暖炉がパチパチと音を立て始める。


 セミョーンはニヤリと笑った。

俺のことは『ショーマ』って呼べよ。堅っ苦しいのはやめだ

イリヤ(イーリャ)

……はい!
僕のことはイーリャって呼んでください

セミョーン(ショーマ)

「イーリャ」な。
それじゃ、さっきちょっとは聞いてたが、詳しく話してくれよ、お前の妹のこと

セミョーン(ショーマ)

……なるほど、二日前か

イリヤ(イーリャ)

セミョーンさん……ショーマさんは、ずっとこの町にいるんですよね? 何か……

セミョーン(ショーマ)

残念ながら、違うんだよなぁ

イリヤ(イーリャ)


でも、新聞屋さんだって

セミョーン(ショーマ)

ああ、言い方が悪かったな

 セミョーンはイリヤの目の前に、

人差し指に輪を通して

 吊るしたものを見せつける。

飾り玉の一つ付いた鍵だった。

イリヤ(イーリャ)

これって、宿屋の鍵?
家がないんですか?

セミョーン(ショーマ)

そういうことだ。
ここに来るたびに泊まるせいで、1号室は俺専用になっちまったけどな




 鍵をしまうと、

 セミョーンは真面目な顔になって向き直った。


セミョーン(ショーマ)

俺は二十日ほど前から昨日まで町の外に居た。……悪いな

イリヤ(イーリャ)

そう……ですか……

セミョーン(ショーマ)

だが、さっきの話の中で1つだけ言えることがあるな

イリヤ(イーリャ)

何ですか?








セミョーンは、こめかみに指を当てた。


俺の知ってる町の住人の中に、15やそこらの、この町に今まで来たこともない世間知らずの嬢ちゃんと知り合いになる奴はいねぇ

イリヤ(イーリャ)

あ……

セミョーン(ショーマ)

なあ、一体誰なんだろうな? 嬢ちゃんをこんな田舎に呼び出したのは

 あくまで軽い口調のまま、

 セミョーンは続けた。

本当にそいつはリーリヤ嬢ちゃんの『お友達』だったと思うか?

イリヤ(イーリャ)

僕……



 イリヤはうつむいた。

リーレニカは笑顔でした。本当に笑顔だったんです。間違いなく……僕は、そう思いました

リーリヤ(リーレニカ)

  『イーリャ、私、行くの楽しみなの』

セミョーン(ショーマ)

そうか……それなら、本心だったんだろうな


 セミョーンは向かいのソファーに座って、

 長い足を組んだ。

セミョーン(ショーマ)

たった一人の大事な家族のことだもんな

イリヤ(イーリャ)

ええ……え?

 イリヤは顔を上げた。

イリヤ(イーリャ)

僕、親のこと言いましたっけ……?

セミョーン(ショーマ)

言わなくても分かる。
そんな大事そうに言われちゃな



 セミョーンはちょっとだけ微笑んでいた。

その……僕の父は、先の戦争で死にました

セミョーン(ショーマ)

ふうん……

 セミョーンは虚空に視線を移した。

生きづらかったろうな

……

セミョーン(ショーマ)

じゃあ、早く妹見つけて帰らねーとな?

……

イリヤ(イーリャ)

はい

 イリヤは、暖炉を見つめて答えた。

……あの

セミョーン(ショーマ)

ん?

イリヤ(イーリャ)

……さっき、アダムスキーさんの名前を言いましたよね

セミョーン(ショーマ)

ああ。あの野郎の事は良く知ってる

セミョーンは露骨に嫌な顔をした。

この人の反応も、同じだ……

町の人たちが、『かみさま』って言ったんです。『かみさま』を、追い出されたって

イリヤ(イーリャ)

アダムスキーって人は……何をしたんですか?

……

セミョーン(ショーマ)

イーリャ

本当に聞いて良いのか?

……え?

pagetop