――DAY 1――
午後
空き家『ミーシャ』
――DAY 1――
午後
空き家『ミーシャ』
まあ、何もない部屋だけど、くつろいでくれ
『セミョーン・モルチャリン』
それだけ名乗った男は、イリヤを
人気のない空き家へと連れてきた。
ドアには
『Миша(ミーシャ、『熊』の意)』
と落書きされている。
町の人らはみんな気が立ってる。少年みたいなよそ者とゆっくり話せる店がないんだ
セミョーンは暖炉に火を入れている。
床に妙な染みが……
いえ……僕こそ、すいません。さっきはありがとうございました
町の「安寧」ってやつを守るのが俺の役目だからな
やっぱり、ここ……変な感じだ
空き家にしては綺麗だし、
隙間から冷気も入ってこない
イリヤはキョロキョロと
空き家の中を見回した。
セミョーンさんって、
何をされてるんですか?
……アダムスキーと同じさ。
『情報屋』ってやつだよ
じょー、ほー、や?
知らないのか?
まあ、簡単に言うと、新聞だよ
面倒臭そうに言うと、
セミョーンは古びたソファーに座るよう
イリヤに促した。
まあ、今ココでやってる仕事はあんまり関係ないから、何でも屋とでも思っててくれ。それから……
暖炉がパチパチと音を立て始める。
セミョーンはニヤリと笑った。
俺のことは『ショーマ』って呼べよ。堅っ苦しいのはやめだ
……はい!
僕のことはイーリャって呼んでください
「イーリャ」な。
それじゃ、さっきちょっとは聞いてたが、詳しく話してくれよ、お前の妹のこと
……なるほど、二日前か
セミョーンさん……ショーマさんは、ずっとこの町にいるんですよね? 何か……
残念ながら、違うんだよなぁ
?
でも、新聞屋さんだって
ああ、言い方が悪かったな
セミョーンはイリヤの目の前に、
人差し指に輪を通して
吊るしたものを見せつける。
飾り玉の一つ付いた鍵だった。
これって、宿屋の鍵?
家がないんですか?
そういうことだ。
ここに来るたびに泊まるせいで、1号室は俺専用になっちまったけどな
鍵をしまうと、
セミョーンは真面目な顔になって向き直った。
俺は二十日ほど前から昨日まで町の外に居た。……悪いな
そう……ですか……
だが、さっきの話の中で1つだけ言えることがあるな
何ですか?
セミョーンは、こめかみに指を当てた。
俺の知ってる町の住人の中に、15やそこらの、この町に今まで来たこともない世間知らずの嬢ちゃんと知り合いになる奴はいねぇ
あ……
なあ、一体誰なんだろうな? 嬢ちゃんをこんな田舎に呼び出したのは
あくまで軽い口調のまま、
セミョーンは続けた。
本当にそいつはリーリヤ嬢ちゃんの『お友達』だったと思うか?
僕……
イリヤはうつむいた。
リーレニカは笑顔でした。本当に笑顔だったんです。間違いなく……僕は、そう思いました
『イーリャ、私、行くの楽しみなの』
そうか……それなら、本心だったんだろうな
セミョーンは向かいのソファーに座って、
長い足を組んだ。
たった一人の大事な家族のことだもんな
ええ……え?
イリヤは顔を上げた。
僕、親のこと言いましたっけ……?
言わなくても分かる。
そんな大事そうに言われちゃな
セミョーンはちょっとだけ微笑んでいた。
その……僕の父は、先の戦争で死にました
ふうん……
セミョーンは虚空に視線を移した。
生きづらかったろうな
……
じゃあ、早く妹見つけて帰らねーとな?
……
はい
イリヤは、暖炉を見つめて答えた。
……あの
ん?
……さっき、アダムスキーさんの名前を言いましたよね
ああ。あの野郎の事は良く知ってる
セミョーンは露骨に嫌な顔をした。
この人の反応も、同じだ……
町の人たちが、『かみさま』って言ったんです。『かみさま』を、追い出されたって
アダムスキーって人は……何をしたんですか?
……
イーリャ
本当に聞いて良いのか?
……え?