薄暗い天井が目に入り、ぐうっと唸る。
忘れずに、図書本の貸出延長手続きをすること。
忘れずに、おやつのパンを注文すること。
忘れずに、洗濯をすること。
忘れずに、祖父母のところへ行くこと。
忘れずに、次の勤務地の希望調査票を出すこと。
忘れずに、絵はがきのお礼のメールを出すこと。
ううっ……。
忘れずに、図書本の貸出延長手続きをすること。
忘れずに、おやつのパンを注文すること。
忘れずに、洗濯をすること。
忘れずに、祖父母のところへ行くこと。
忘れずに、次の勤務地の希望調査票を出すこと。
忘れずに、絵はがきのお礼のメールを出すこと。
分かったから……。
薄暗い天井が目に入り、ぐうっと唸る。
もう、起きる時間?
まさか、……寝坊した?
頭の中をぐるぐると回り続ける『忘れずに~』のフレーズを思考一つで止めると、尤理はもそもそと布団から上半身を引き剥がし、そして大きく伸びをした。
ベッド側の時計は、次の勤務時間の三時間前を示している。
これなら。
目覚まし代わりにしているToDoリストをもう一度頭の中に響かせながら、尤理は身軽に立ち上がった。
まずは、図書館の本の貸出期間延長。
思考一つで、町を管理する『システム』内にアクセスする。
承知しました。
左耳に取り付けたイヤカフのような情報処理機器からアクセスできる、人工知能+時々人力でこの世界に生きる全ての人々の生活全般を補助する、便利なシステム。
だがしかし、この『システム』、誰が調整を掛けているのかは知らないが、ある程度は人間の意志がないと動かない仕組みになっている。図書の本の貸出期間延長も自動ではなく、本を借りた本人の意志がないと延長できない。
面倒だけど、まあ良いか。
『システム』がきちんと動いていることを確認し、尤理は着替えの手を止めて頷いた。
次は、……おやつだ。これも尤理の意志がなければ注文できない。
昨日と同じ、コッペパンに板チョコを挟んだ甘いパンで。
太りますよ
いつも同じで飽きないのですか?
何か声が聞こえてきたのは気のせい気のせい。
尤理がまだ小さかった頃、母の都合で預けられていた、この場所からほど近い母方の祖父母の家で一緒に暮らしていた叔母の職場の近くにあったパン屋の人気商品の一つであるこの甘いパンが、一番好き。
『管理者』の規則上、三ヶ月又は四ヶ月以上同じ町に滞在する事は禁じられているが、この、中毒になるほど美味しいパンが毎日食べられる。これが、この町での勤務希望が叶って良かったことの一つ。
次、は、っと。
パンの注文が通ったことを『システム』経由で確かめながら、洗濯物をつっこんだ籠から『管理者』の制服を引っ張り出す。
色移りするとイヤだから、二回洗濯機を回す必要がある。
洗濯、勤務開始までに間に合うかしら。
『システム』が発達してもこういうところが不便なのは何故だろう?
……。
尤理の問いに押し黙った『システム』に鼻を鳴らすと、尤理は洗濯籠を持って共同の洗濯室へと向かった。
まだ朝早い時間のためか、洗濯室には誰も居ない。
ずらりと並んだ洗濯機を二つ確保して、制服と他の衣服を別々に放り込みながら、ToDoリストの残りを確認する。
あと、は……。
この、町の『システム』を人工知能とともに管理する『管理者』の為の宿舎から、尤理を育ててくれた母方の祖父母の家までは、自走車で三〇分は掛かる。
十二時間の休憩時間でも十分往復できる距離だけど、ゆっくりしたいから次の休日時間に行くことにしよう。
祖父母の家は町外れにあるから、お店で買うと持ち帰りが重い米と、保存が利くバターケーキを買って持って行こう。
承知しました。
ToDoリストに買い物内容を付け加えると、尤理は今度はうーんと唸った。
次の、勤務地……。
何処にしますか?
田舎ならどこでも良い。
若い『管理者』は、賑やかで刺激が多い都会を希望することが多いらしいが、常に何かやっかいな物事が起こり続ける都会は、気が抜けない。
世界中に張り巡らされた『システム』を人工知能とともに管理する『管理者』としての職務をこなすなら、田舎の方が気が楽だ。システムが挙げる、尤理がまだ足を運んでいない勤務地候補にこくこくと頷きを返すと、最後のToDoリストが尤理の脳裏を過ぎった。
忘れずに、絵はがきのお礼のメールを出すこと
……ん?
これは、一体?
頭を仰け反らせ、天井を仰ぎ見る。
これ、私、入れてない。
何故、ToDoリストに入っているの?
……。
えーっと。
再び押し黙った『システム』に苦笑すると、尤理は止まった洗濯機から洗濯物を取り出し、乾燥機に押し込んだ。今は、時間が無い。今日の勤務が終わってから確かめよう。