足を進めながら、私は小さく、口を開いていた。
足を進めながら、私は小さく、口を開いていた。
話を戻すけれど……あなたは、どうして、光達の話を聞きたいの
それは……
だって、仲良くなりたいじゃないですか
――仲良く?
ぎりっ、と、聞こえない音が耳の奥で鳴った。
誰、と?
私は、答えを知っていながら、問いかえす。
もちろん、光をお借りする、
皆さんとです♪
……
絶句し、息を震わせ、歯を噛み合わせる。
だって、そうでしょう?
――喰おうとしている加害者と、喰われるための被害者。
――その両者が、心を通わせあえるなんて。
――あるはずが、ないのだから。
ゆっくりと首を傾け、付いてくる彼女の瞳を覗きこむ。
迷いも濁りもない、私を求める、そのまっすぐな瞳を。
そんなことを、続けてきているの
はい!
ためらいのない頷きと、まっすぐな瞳。
――それは、演技や嘘には、やっぱり見えなくて。
リンは、みなさんの光を聞きながら、
助けられて、今ここにいるんです
……助けられ……て
はい。
リンは、この闇で忘れてしまった皆さんに、
取り戻してほしいんです
ここに来る前の輝きを、少しでも
……
暗闇の中を進みながら、交わされる会話。
無言でいるのは、胸の奥にわきあがる感情をどうすべきか、悩んでいるから。
(――ぶつけたところで、意味はない)
彼女は、私の前に出ないよう、ゆっくりとついてくる。そのことも、非難すべきだろうか。
様々な想いが、私の中に浮かび、言葉できず溜まっていく。
……私は、そんな自分に、疑問を感じてもいた。
あれだけ、怒りや嫌悪感を感じていた、彼女の行い。
なのに、次第に話を引き出され、名前まで告げてしまった。
別れるか、どちらかが失われるか……そんなことも、考えていいはずなのに。
(いけない。これじゃあ、また)
――二つの感情が、よどむ。
どちらにもなれず、ただ、一緒にいる。
足を止め、眼を閉じ、ため息を吐く。
セリン……?
その呼びかける声を、塞ぐように。
はわっ!?
グリの光を彼女に向け、私は努めて、冷たい声で言った。
理解できないわ
理解……できないって、
なにがですか?
あなたが、こぼれ落ちた光達と、
仲良くするという話
えっ、どうしてですか?
本当に、わからない、と言った様子で。
彼女は、わかりたくない、言葉を言った。
セリンも、そうされているんですよね?
――勝手に、お仲間にしないで
低く否定する声で、私は続ける。
そんな茶番、ごめんだわ
ちゃばん……お茶に、順番ですか?
……ちゃ……っ!?
叫びだしたい気分を抑え、空いている手の指先で自分の眉間を抑え、ぐっとこらえる。
あの、どうされたんですか、セリン? とってもお辛そうな顔をされています
(誰のせいよ、誰の……!)
内心でだけそう呟いて、落ち着こうとしているのに。
――どうして彼女と話していると、こうも心をかき乱されるのか。
(……よく考えたら、どうして私が耐えなければいけないのかしら)
冷静になろうと、呼吸を整えていると。
『くっ、ははは! 面白い、面白いお嬢ちゃんだなぁセリン。一緒にお茶でも飲んで、落ち着くかぁ?』
――あっ、もうダメ。
ちょっと、黙っててよ!
グリに向かって、ためこんでいた怒りを吐き出してしまった。
ほわわっ!?
一声叫ぶと、心の中の慌ただしさが少し落ち着いたのがわかる。
……悔しいけれど、たぶん、彼はわかっている。だから、あえて私の口を開かせたのだ。
ただ、眼の前の彼女は驚きの表情を浮かべて、不安そうにこちらを見ている。
少し落ち込むようなその姿に、かすかに胸が苦しくなる。
……あなたのことじゃないわ。
この、グリのことよ
不安そうな視線を向ける彼女に、私はどうしてか、言い聞かせるようにそう告げていた。
あぁ、と顔を一転して明るくさせ、またしても彼女は口を開く。
お二人とも、とっても仲が良いんですね♪
……あなたの眼は、もう暗闇に潰されているんじゃないのかしら
私の様子から、どうしてそういうふうに解釈ができるのか。
光に照らされすぎて、気持ちも考えも、白く潰されてしまったのだろうか。
『こんなに乱暴に扱われて、おいらぁ涙ダダ漏れ、光ボロ漏れ』
こぼさないで。
それが、あなたの役割でしょう
『辛いねぇ、カンテラは辛いよぉ』
あなたねぇ……
グリのわざとらしい絡み方はいつもだけれど、このタイミングでするのは、わかってやっているとしか想えない。
案の定、だ。眼の前の彼女が、微笑みながらこちらを見ている。
残念です、お二人の会話が聞こえないの
……他人の会話を盗み聞きするのが、好きなのかしら。
趣味が悪いわね
ご、ごめんなさい!
そういうことじゃなくてですね……!?
慌てたように弁解する姿に、私はまたため息を吐く。
(グリ……どうしてこんな気持ちを、続けさせるの)
そう恨み言を言いたくもなったが、問いかけたところで無駄だろう。
はぐらかされるか、からかわれるか。
――ただ、わかるのは。グリは、私と彼女を、険悪にはしたくないようだ。
でも、それは、私が決めること。
もう、いいわ。
とにかく、勝手な想像をするのを、やめて欲しいわね
かちゃり、と手元のカンテラを差し出しながら、彼女に言う。
この捻くれ屋と仲が良いだなんて、想像のなかだけでもやめて欲しいわ
はい、とっても仲良しさんだって、よくわかりますから大丈夫です♪
……大丈夫じゃないのは、聞いてるこちら側か。
いや、だから……
だってセリンの言葉、とってもまっすぐですから
――えっ?
グリさんと話す時のセリン、とってもまっすぐに見えますよ
……それ、は
変わらない瞳でまっすぐに告げられた言葉を、否定しようと想ったけれど。
確かに、グリ相手にためらいがないのは、事実でもある。
……面倒なだけよ。
もう、ずっと一緒にいるからね
嫌がるような響きにした言葉だけれど、彼女は、首を縦に振る。
その、私は理解している、とでも言いたげな仕草が、また私の気に障る。
リンとスーさんのお話に、お二人も一緒になってくれれば、とても楽しそうなんですけれど。残念です
お話……
その一言に、私の胸の奥がまた、ざわつく。
唇が、軽くなったのか。問いかけるのは、今度は私が先だった。
……こうして対話をすることに、あなたは意味を感じているの
はい!
みなさんのお話を聞くことが、
とっても嬉しいのです!
――その、底抜けの笑顔に。
……っ!
――ああ、やっぱり止められない。
もう、グリの気遣いも、冷静さも、知らない。
燃料よ
はい?
私の、胸の奥のざわつきに従った、その一言。
なにを言われたのか、わからなかったのかもしれない。
呆気にとられた顔の彼女へ、私は、言葉を続ける。
ずっと、胸の奥で固めつづけた、彼女の願いに対する澱みを。
光は、燃料でしかない
グリを持つ手を掲げ、灯された光がより見えるよう、彼女の視界に近づける。
今まで、数えきれないほどの燃料をためこんだ、カンテラの光を。
この闇の世界を照らす為に、必要なもの
かすかに生まれて、そして消えていく、哀れな存在
セ、セリン……?
眼を細め、悲しそうな表情で、私の名前を呼ぶ。
その姿に、私は、止まらない。
冷たい声音で、自分の考えを告げる。吐き出し続ける。
そして私達は、その光を喰らい、照らされながら、ここに存在している
……っ!
――私達は、あの闇と、よく似ている。
違うのは、灯火を持った闇であるということだけ
闇……闇の、あかり……?
――そう。
塗り込められた黒い世界を払い、そこに隠された、過去の陰影を掘り起こす。
この世界で目覚め、グリと歩き始めてから、見てきた私の世界。
そうすることが、私達にとっての日常だった。
たとえ、どんな知識を覚え、感情をぶつけられ、出会いを重ねても、それは……変わらなかった。変える方法なんて、なかった。
だからこそ、私には言える。
……そんな存在が、
吸われる対象と仲良くなりたいだなんて、
許されるはずがない
――アクマ、ツミ、オニ、バケモノ……聞き飽きた言葉が、また、掘り起こされる。ずっと、忘れていた言葉が。
だから、お話を聞きたいなんて……
あなたの、思い上がりでしかないわ
断定するように言った言葉に、だが、先ほどまで不安そうな顔をしていた彼女は、一気に顔を変えた。
そんな……そんなこと、ありません!
そこにあったのは、先ほどまでの強さとも違う、引かないという意志。
怒っている、という表現が、正しいのかも知れない。
――だけれど、それはこちらも、静かなだけで同じこと。
輝かせる意味なんて、ないわ
あっても……
あなたの、勝手な想いにすぎない
……違います
皆さんの光、
お話をされて、
綺麗になってくれる光
――それは、とっても美しくて、
大切なものなんです
強く私へ訴えてから、一転、今度は瞳を弱め、柔らかく言葉を発する。
だから、お願いですセリン。
燃料だなんて、言わないでください。
とても、悲しいことですから……
今にも泣き出しそうな、彼女の瞳。
ずっと前に、見たことがある。
"――ほら、キレイでしょう? 国の皆で見つけた、王国の宝なのよ"
(……あの時の、宝石みたい)
封じていた想いが浮かばせるのは、もう夢か幻かと感じるくらい、ずっと前の記憶。
暗闇の中、形を取り戻した光の一人が持っていた、宝石の輝き。
闇の中で、グリの光を反射し、きらきらと光ったその鉱石。
初めて見た宝石の美しさに、私も魅入られた。
歪さのない形と、こちらの心まで透き通るような透明さ。
国を発展させた皆と、守り続けた王家の誇りが、この輝きを保っているのだと。
王女の顔も、輝いていた。宝石と同じか、それ以上の魅力を、その希望に満ちた少女は持っていた。
――そこまでは。
王女の過去を聞き、この世界の闇を告げ、私とグリの求めるものを語るまでは。
……っ
舌を湿らせ、重い口を開き、私は告げた。
……あなたの出会った光は、
そうなんでしょうね
リンの、出会った光……?
――本当に彼女は、そんな幸せな出会いしか、していないのか。
(私は、忘れられない)
同じ人間に、身体へナイフを突き立てられ、グリを奪われそうになったことと併せて――よく、覚えている。忘れられる、はずがない。
あんなに美しい瞳を持ちながら、生き延びたいがために、泣きながら私の光を奪おうとした。
同じく、国の皆が作り出した、美しい護身用ナイフにて。
"――国のために、ごめんなさい。私は、生きなければいけないのよ……!"
(彼女を、そうさせてしまったのは……)
『……また、想い出してんのかよぉ、セリン?』
心配そうに声をかけるグリの声で、王女の最後を、想い出す。
……宝石ともども、グリによって吸収されてしまった、淡く悲しい光。
身体に突きたてられたナイフも、一緒に消えてしまったけれど。
傷つけられた不気味な熱と、刻みつけられた記憶は、しばらく私の心にずっと残っていた。
グリの言葉を無視して、私は、眼の前の彼女へ問いかける。
そんな、優しい光だけでは、なかったはずよ
"――わたしは、こんなところで……死ぬわけには、いかないの"
――王女の訴えが、あまりにも透明で実感がない。
そんな、受け入れてくれるだけの、光じゃ……
"――あの人と、一緒に、国の皆とともに……"
――そう言い残した王女が、出会おうとしていた、想い人。
――!
その彼にも出会い、同じように、王女のためと言われ襲われても。
……誰かのため、だなんて、言い訳なのよ
私は、その想いを聞きながら、身体を抉る熱に涙をこぼした。
――知っている。わかっている。だから、だからだ。だから……彼女の言葉は、たくさんの傷を、想いださせる。
触れあった光。奪い取られそうになった、いくつもの輝き。
そうでなかったことも、なかったわけじゃない。
私にだって、想い出せる関わりは、あった。
セリン……?
――もう、それをしないのにだって、理由があるのに。
彼女は、たやすく、その内に触れてくる。
……
無言で私は、もう一度、彼女へと背を向ける。
あ、あの、セリンのお話し……聞かせてもらうことは、できないんでしょうか
意味があるとは、想えない。
さっき、言ったはずよ
でも……なにか、お辛そうです
――辛いのは、想い出してしまうから。
セリンとお話しすることは……
いけない、ことなのでしょうか
……
――言えば、形になる。闇へ光で陰影をつけるように、言葉は、私の気持ちに陰りを作る。
もう、決めたことだ。グリと共に、『永遠の光』を見つけるまで。
ぐっと歯を合わせ、次いで、すっと口を開く。
彼女と、別れるための言葉を、言うために。
さようなら。
二度と会うこともないでしょう
ま、待ってください!
去ろうとして、歩きだし。
近づいてきた彼女の光が、グリの光と触れた時だった。
えっ?
グリの放つカンテラの光が、彼女の光と混じり、周囲を強く照らし始めたのは。
は、はわわわ!?
スーさん、また光が……!?
これは……?
先ほどの混じり合いとは、また違う光り方。
グリ?
『さぁ、なぁ……。俺にも、ちょっと予想外だぜぇ?』
グリの答えに、からかいはなかった。
むしろ、らしくもない不安さが、少し感じられたような気がする。
……不安なのは、私の方なのかも、しれないけれど。
セリン、あれ……!
彼女の指先が、闇の中の一点を指さす。
そちらへ視線を向けると、そこには。
あれは……?
二つの光が照らし出す、今までに見たことがない何かの形。
――不気味に身体を伸び縮みさせる、黒い塊が一つ。
闇に同化せず、しかし、光にも交わりきれず。
ただ、どっしりとしたその身体を、私達の前の前に横たえている。
『こりゃあ……面倒にならなきゃ、いいがなぁ……?』
興味深く、しかし警戒するようなグリの声に、私も息をのんだ。