――DAY 1――



飯屋『ミラ』

イリヤ(イーリャ)

あの、すいません。こんな見た目の15歳くらいの子……

飯屋ザミーラ(ミラ)

知らん

イリヤ(イーリャ)

あの~

イリヤ(イーリャ)

……

 飯屋を一人で切り盛りする女性は、

宿屋の主人以上に無口だった。

……

イリヤ(イーリャ)

もう、三軒目だ。
このまま続けても……

イリヤ(イーリャ)

じゃあ、ここ以外の飲食店を全部教えてください

飯屋ザミーラ(ミラ)

なに?

イリヤ(イーリャ)

妹は確かにこの町に来たんです。

ホテルじゃ朝しかご飯は出ません。どのお店でも知らないって言うんなら、誰かが嘘を吐いてるって証拠になります

……面倒臭い

イリヤ(イーリャ)

すいません、でも

飯屋ザミーラ(ミラ)

注文は?

え?

飯屋ザミーラ(ミラ)

昼はまだなんだろ?
食ってきな

イリヤ(イーリャ)

え、えと

飯屋ザミーラ(ミラ)

こんなに店に居座って、食ってかない気じゃないだろ

……はい

ふう……

 窓外には雪が絶え間なく降り積もる。



客が一人でも店主は

厨房をせわしなく歩き回っていた。

外はこんなに寒いのに、暑そうだ

飯屋ザミーラ(ミラ)

ほい

ボルシチとピロシキ、パイ包みのシチューが

 簡素な器に盛られて無造作に出される。

やや量が多めだった。

イリヤ(イーリャ)

いただきます

うまい

 田舎町のごくありふれた個人店だ。

 彼女も、ただの主婦にしか見えない。



 筋の気になる肉に、荒っぽい味付けの野菜。

 高級な料理なんて食べたことはないけれど、

きっと同じ値段でもっと「美味しい」料理を

 出す店など都会にはあるのだろう。



それでも、そんなことより……

母さんの味だ

飯屋ザミーラ(ミラ)

……あんた母親は

イリヤ(イーリャ)

……小さいころに

飯屋ザミーラ(ミラ)

そう

……

飯屋ザミーラ(ミラ)

……

リーリヤって娘だろ

 いきなり話を振られ、

イリヤは喉にピロシキを詰まらせた。

イリヤ(イーリャ)

げほっ、げほ

え?

飯屋ザミーラ(ミラ)

ウチばっかに来てた。
アンタと同じこと言って

リーリヤ(リーレニカ)

お母さんの味みたいで、
落ち着きます!

飯屋ザミーラ(ミラ)

……2日前、ばったりと来なくなっちまった

イリヤ(イーリャ)

2日前?

飯屋ザミーラ(ミラ)

……ここじゃ、人がばったり来なくなるなんてことぁ、珍しくない

イリヤ(イーリャ)

でも……宿にも、いなくて

飯屋ザミーラ(ミラ)

人っこ一人消えちまうことなんざ、ざらだよ

イリヤ(イーリャ)

どういうことですか?

女主人は、深く息をついた。

ここには、『かみさま』がいらっしゃらないからね

イリヤ(イーリャ)

『かみ』、『さま』……?

直感で、普通の神ではないと分かった。


 ロシア正教会の神でも、

 ユダヤ教の神でもない。

 仏教の仏でもない。

 бог(ボーク)。

他に言いようがないから、

その単語を使っているだけなのだ。

イリヤ(イーリャ)

何、なんですか……


 イリヤの脳内に、なぜか警告音が鳴り響いた。

これ以上聞くことを恐れるような……



 それでいて、

 知りたい気持ちを抑えることはできない。






 口が勝手に動いているかのように、

 イリヤは問いを続けた。

イリヤ(イーリャ)

……『かみさま』って?

そのとき、扉が大きく開かれた。

アイラト

大変だ!
ミラ、あの野郎が来てるんだ!

宿屋シャルロッタ(ロッタ)
イリヤ(イーリャ)

男の人と一緒にいるのは、宿屋の……?!

飯屋ザミーラ(ミラ)

あの男って……

アイラト

アダムスキーだよ!
ロッタの奴、昨日泊めたらしい

宿屋シャルロッタ(ロッタ)

……

飯屋ザミーラ(ミラ)

アダムスキー?!

イリヤ(イーリャ)

アダムスキーさん?

飯屋ザミーラ(ミラ)

……アンタ。
アダムスキーの知り合いか?

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