――DAY 1――



飯屋『ミラ』

飯屋ザミーラ(ミラ)

あんた、アダムスキーを知ってるのかい

氷でできたような視線。


先ほどとは打って変わって

 心を閉ざしてしまった様子の主人に、

イリヤは少なからず動揺した。

イリヤ(イーリャ)

ええと、昨日の夜ホテルで会って少し話して……

そうかい。
連れじゃないなら、まあいいさ


さきほど駆け込んできた男も

 会話に混ざってくる。

こんな冷たさ、知らない

 気温の問題ではない。




イリヤの住むのはここよりも少しは温かいところ。

 都会というにも中途半端、

 田舎といってもここほど小さな、

 閉鎖的な町ではない。



その温度が一番暖かいのだと

 イリヤは知らなかった。

ロッタ、何故あの男を泊めた?

宿屋シャルロッタ(ロッタ)

……

飯屋ザミーラ(ミラ)

ラートカ、やめな

アイラト(ラートカ)

チッ

 ラートカと呼ばれた男(名:アイラト)は、

詰め寄っていたシャルロッタから

 目を逸らして舌打ちをした。

宿屋シャルロッタ(ロッタ)

……この天気で、野宿でもしたら死んじまうだろ

アイラト(ラートカ)

あんな男、いっそ遭難しちまえばよかったんだ

飯屋ザミーラ(ミラ)

ラートカ!

飯屋ザミーラ(ミラ)

ロッタにそんなことさせられないだろ

アイラト(ラートカ)

……分かってるよ

俺だって撃ち殺してやりたいのを我慢してるんだ

イリヤ(イーリャ)

あの、アダムスキーさんって、何をしたんですか……?

宿屋シャルロッタ(ロッタ)

……あたしたちはもう、面倒事はうんざりなんだよ

 シャルロッタは深く息をついた。

飯屋ザミーラ(ミラ)

『かみさま』……

あたしたちをずっと見守ってくだすった『かみさま』はもう、いなくなっちまった

なんでか、分かるかい?

うっ……

宿屋シャルロッタ(ロッタ)

ミラ……

 言葉を詰まらせたザーミラに代わって、

 アイラトが続けた。

アイラト(ラートカ)

あの男だよ。
いつも薄気味悪く笑いやがって、あの忌々しい男……アダムスキー!!

アイラト(ラートカ)

あの男が、『かみさま』を追い出しちまったんだ。
そしてもう、帰ってこない

宿屋シャルロッタ(ロッタ)

ここがこんなに冷えるようになったのも、それからさ


 消え入りそうな声で、シャルロッタが続ける。


もうあたしらを守ってくださる『かみさま』はいない。あたしらは静かに生きてくしかないんだよ

だから、ほっといておくれ

 ザミーラが、小さく声をつないだ。

飯屋ザミーラ(ミラ)

あんたの妹も、何のために来たか知らないが騒々しかった。いなくなってくれて清々してるんだ

アイラト(ラートカ)

俺は確かに獣じゃない、おぞましい足跡だって見たんだ

『かみさま』がいないんだ。
きっと悪い何かが、皆をさらってしまったんだ……もう俺たちには、何もできないのさ

…………

イリヤ(イーリャ)

何……だったんだ?

 吹雪が一瞬で服を白く染め上げる。

アダムスキーさんって、一体……?

 ひときわ強い風によろめいて、

 混乱していた脳が一時、現実に引き戻された。

イリヤ(イーリャ)

……とにかく、どこか別の、話を聞けそうな屋内に……

遠くで男が一人、建物の中に入ってゆく。


つられるようにして、イリヤは足を踏み出した。

どこ行く気だ? 少年




 その背を、誰かが掴んだ。


おっと、向こうの男には
近づかない方が良いぜ

誰だろう?


 イリヤは振り返りながら、尋ねる。

イリヤ(イーリャ)

何故ですか?

あいつは
『スポーツマン』だからさ




 たっぷりと雪をはらんだ朔風(さくふう)が

 視界を切り、話しかけてきた男の顔を遮る。

え?

少年は知らなくていいんだよ

イリヤ(イーリャ)

……僕、16です

成人もしてねぇお子様が何言ってんだ?
ウォッカでタイムマシーンできるようになってから出直してきな

跳ねる長い金髪に、どこか余裕を含んだ目。



セミョーン・モルチャリンはウインクしてみせた。

Ж

「スポーツマン」……「ヤクザ」の隠語。


Ж

pagetop