ルイヴェル

セレス姉さん、次の角を右で良かったか?

セレスフィーナ

ええ、間違いないわ。その先をまっすぐ行けば、ユキ姫様が通われている幼稚園が見えるそうだから。

ルイヴェル

俺達が迎えに来たと知れば、大はしゃぎで喜ぶんだろうな、アイツは。

セレスフィーナ

ふふ、そうね~。でも……、一番喜んでいるのは貴方よねぇ?ルイヴェル。たまには自分からユキ姫様に会いに行きたいと駄々を捏ねて、ようやくユーディス様からお許しを頂けたんですもの。本当はわくわくしてるんでしょう?スキップしたい気分なんでしょう?

ルイヴェル

ははっ。何を言っているんだ、セレス姉さん。この二週間ほどエリュセードに戻れていないユキの寂しさを思い遣っての提案だったんだぞ?――俺がいつ、駄々を捏ねたと?

セレスフィーナ

三日前。私は見てたわよ?貴方が通信道具越しに、ユーディス様に食い下がっていた姿を。ふふ。お姉ちゃんに嘘は通じないのよ~?

ルイヴェル

……俺は、提案をしただけだ。提案を。

セレスフィーナ

ふふ、はいはい。仕方ないから誤魔化されてあげるわ。

 異世界エリュセードから、別の世界へとやって来た王宮医師の二人。
 セレスフィーナとルイヴェルはこちらの世界の者達が着ている衣服に身を包み、傘を差しながら道を進んでいる。
 向かうは、彼らの愛する小さな王兄姫殿下の通っている幼稚園だ。

ルイヴェル

ふん……。

セレスフィーナ

ちょっといじめすぎちゃったかしら。

 あくまで小さな王兄姫を慰める為と言い張っている双子の弟だが、実際はセレスフィーナの言が正しい。
 二週間、ずっと姿を見る事の出来なかった王兄姫のユキに会いたくて、ルイヴェルは自分から会いに行く為の努力をしたのだ。
 ユキの父親であるユーディスとどんな話し合いを繰り広げたのかは……、まぁ、ルイヴェルの涙ぐましい努力を考慮して、語らずにおこう。

セレスフィーナ

ここね。

ルイヴェル

まだ誰も表に出ていないな……。

セレスフィーナ

そういえば、ナツハ様が言ってらしたわね。私達が幼稚園に着く頃は、まだ『帰りの会』の最中じゃないか、って。

ルイヴェル

帰りの会、か……。確か、それが終われば子供達は園を出始めるんだったな?

セレスフィーナ

それほど長い時間ではないと聞いているから、ゆっくりここで待っていましょう。

 ようやく雨の止んだ曇り空の下。
 二人は幼稚園の前に佇み、愛しい姫君が出て来るのを待つ事にした。――だが。

???

うわぁあああああああああっ!!

ルイヴェル

悲鳴……、か?

セレスフィーナ

行くわよ、ルイヴェル!!ユキ姫様の御無事を確認しなきゃ!!

ルイヴェル

ユキ……!!

 園内から響き渡った子供達の悲鳴。
 その根源に小さな王兄姫が関わっているかどうかは……、気配一つで掴める事だった。

ユキ

!!~~っ、めっ!!なのっ!!

???

どけよ!!触りたいって言ってるだけだろおっ!!

???

お前達だけで独り占めすんなよ!!

ユキ

いじめてたもん!!可愛いわんちゃんを、叩いたり蹴ったりしたもん!!

鈴城ほのか

わんちゃんいじめてた!!私も見てたもん!!

 わんちゃん↓

ルイヴェル

ふぅ……。

セレスフィーナ

……子供同士の喧嘩、というか、悪いのは間違いなく男の子達の方みたいね。

ルイヴェル

教師は何をしている……?

 園に迷い込んでしまったらしき子犬。
 小さな王兄姫ユキと、もう一人の幼い女の子が子犬を庇い、男の子達に立ち向かっているようだが……。
 男の子達は群れを作っており、たった二人のユキ達に飛びかかろうと隙を狙っているようだ。
 外に出ているユキ達から視線を移動させ、教室の中を覗いてみたが……。教師の姿はない。

ユキ

わんちゃんに優しくしないなら、だめ!!近寄っちゃ駄目なの!!

鈴城ほのか

皆だって、叩かれたり蹴られたら、痛いでしょ!!酷い事しちゃ駄目だよ!!

???

ふんっ!!別にいいじゃねぇか!!おれたちは痛くないんだからさ!!

???

そうだそうだ~!!それに、ちょっと叩いたくらいで、怪我なんかしねーし!!

ルイヴェル

…………。

セレスフィーナ

…………。

 んなわけあるか!!

セレスフィーナ

今のうちから……、正しておいた方がいいんじゃないかしら。

ルイヴェル

脳みそが残念なんだろうな……。

 色々と無茶をやってきた少年時代を過去に持つルイヴェルでも、あそこまで横柄な事を言った事はない。
 ……何の罪もない相手に対して、だが。
 自分が痛くないからいい? 自分が傷付かないからいい? 自分より相手が弱いから悪い?
 子供の無邪気な無知さに、王宮医師達は眉を顰める。

???

やっちまおうぜ!!

???

おう!!こいつら、弱っちいくせに生意気だぁ~!!

ユキ

ユキ、弱くないもん!!ほのかちゃん、その子を守って!!ユキ、行ってくる!!

鈴城ほのか

ゆ、ユキちゃん!!

ユキ

弱いものいじめをする悪い子には、正義の鉄槌が下るんだよ!!レイちゃんが言ってたぁあああああ!!たぁああああああああ!!

セレスフィーナ

ユキ姫様!!お待ちくだ――。

ルイヴェル

――っ!!

 男の子集団に突撃をかけた勇ましき王兄姫だったが……、案の定、簡単に一撃を喰らい、地面に転がってしまった。

ユキ

痛っ……。

???

ははっ!!すっころんでやんのぉ~!!泥だらけ~、泥だらけ~!!汚ねぇなぁ~!!

ユキ

う、うぅ……。

 雨によってぐっちゃりと柔らかくなっている地面に激突し、顔も服も泥に塗れてしまったユキ。
 だが、そのくらいでめげる王兄姫ではなかった。
 歯を食いしばり、ユキは再度男の子達に向かって突っ込んでいく。

ユキ

わんちゃん、いじめちゃだめ~!!

???

うるせぃっ!!

???

しつこいんだよ!!皆っ、やっちまえええ!!

ルイヴェル

そこまでだ。

???

うわぁあっ!!な、なんだよっ、お前っ!!邪魔すんなぁあああっ!!

???

ここはおれたちの幼稚園なんだぞ!!ぶがいしゃ、は、入っちゃ駄目なんだぞっ!!

セレスフィーナ

ふふ、生憎と部外者じゃないのよ~?それと、男の子がよってたかって女の子や小動物をいじめちゃ駄目でしょう?

???

ババァには関係ねーだろ!!放せよぉおおっ!!

セレスフィーナ

……あらぁ~、年上の女性に対して、そんなやんちゃをしちゃうのねぇ?ふふ……、そうね、私は貴方達より何倍も、いいえ、何十倍も歳を重ねているけれど。

ユキ

せ、セレスおねえちゃん?

鈴城ほのか

お、おねえちゃん……、な、なんか、こ、怖いっ。

ルイヴェル

ユキ、それと、お前達もこっちに来い。避難するぞ。

ユキ

る、ルイおにいちゃんまで……。なんでここにいる、んぐっ!!

ルイヴェル

急げ。

鈴城ほのか

は、はいっ。

わんっ!!

 恐れを知らぬ子供達。
 麗しき王宮医師の美を褒め称える者は絶える事なく現れるが……、流石にババァと言った愚か者は滅多にいない。恐るべしは、子供の恐れ知らずさか。
 女性にとってそのワードは、鬼神スイッチを押す特大級の恐ろしい鍵なのだから。

ルイヴェル

自業自得だな。

???

ぎゃああああああああああああああ!!

???

うわぁ~ん!!うわぁ~ん!!

???

かあちゃ~ん!!怖いよぉ~!!助けてぇえええええええ!!ひぃいいいいいいい!!

 

ユキ

……。

 教室に避難したユキ達が見守る中、外では突風が荒れ狂い、雨こそ降りはしなかったものの……。
 大人でも震え上がるような雷が何度も何度も地上へとその怒りを叩きつけていた。
 男の子達の群れを前に仁王立ちで微笑んでいるセレスフィーナ。女神と例えるべきか、鬼と恐れるべきか……。

ルイヴェル

いいか?お前達……。規則や大事な事を守れぬ者、目上への礼儀を弁えない愚か者には、あのように天罰が下る。まっとうな大人になりたければ、慎重に生きろ。

 コクコク!!
(教室の園児全員)

鈴城ほのか

すごいね~。男の子達大泣きしてる~……。

ユキ

……可哀想、かも?

ルイヴェル

躾は最初が肝心だ。それに、あの子供達は他にも面倒事を起こしていたんじゃないか?

ユキ

うん……。いっつも弱い子をいじめてて、やめてって言っても全然駄目なの……。

鈴城ほのか

先生も困ってるんです。あの子達のお父さんやお母さんに注意しても、全然なおらなくて。

 蛙の子は蛙……。
 典型的な駄目親にして、あの馬鹿共あり、か。
 ルイヴェルは周囲に悟られせぬように治癒の術を使いながら、ユキの怪我を治療し、こっそりと溜息を吐いた。

ルイヴェル

まぁ……、もう二度と馬鹿な真似は出来ないだろうが……。

 セレスフィーナの怒りを受けた以上、男の子達のメンタルが無事に立ち直るかどうかが問題点だ。
 だが、丁度良い薬だ。暫く大人しくしていて貰おう。

先生

皆~、待たせてごめんなさいね~……、あら?

ルイヴェル

ユキの保護者の代わりに迎えに来た者だ。

先生

あ、あ~、……はい、幸希ちゃんのお母様から連絡を頂いていますので承知しています。えっと、外のあれは、……ウチの子達に何を。

ルイヴェル

躾だ。

 

先生

……え~と。

 美しい女性に笑顔で怒られている一部の園児達を眺めながら、担任の先生が室内の子供達に目を向ける。
 きっと、こう聞きたいのだろう。
 あれ、どういう事なの? と。
 子供達は男の子達のやっていた事を話し、先生の「あ~、なるほどねぇ」という声に、止める気がない事を悟った。

先生

幸い、暴力を振るわれているのではなく、ただ怒られてるだけですし、問題はないでしょう。ウチの子達が失礼をしました。あの男の子達の連絡帳には追加で今日の事を書いておきますので、ご安心を。私からも親御さんに後日注意をしておきます。

ルイヴェル

注意をしても聞かないのだろう?

先生

……まぁ、言わないよりは、言い続けた方が良いと思いますし。……はぁ。

ユキ

先生、あの子達のせいでいつもお疲れなの~……。

鈴城ほのか

あの子達のお父さんとお母さん達がね、先生や他の子が悪いって言うんです。自分達は悪くないとか、ちょっとヤンチャにしているだけだとか。……蒼お兄ちゃんが言ってました。いつか先生の胃に穴が開くだろうね、って。

ルイヴェル

どちらの世界にも、そういう類は変わらずいるというわけだな。……ユーディス様に相談してみるか。許可が降りれば、ある程度までは躾けておける。

ユキ

ルイおにいちゃん、何か言った?

ルイヴェル

お前達や先生が日々を穏やかに過ごせるよう、神に祈りを捧げておこうと呟いただけだ。

 ↑とんでもない美形男子のとんでもなく胡散臭い笑顔である。

セレスフィーナ

ユキ姫様~、お待たせいたしました~。心を尽くしてお話をしましたので、この子達もちゃ~んと反省してくれたようです。ふふ、良い子達ですわ。

 スッキリとした笑顔の女神様だが、その怒りに触れた男の子達はげっそりとやつれてしまった気がする。
 えぐえぐっと泣きながら、男の子達が一斉にわんちゃんへと――土下座!!

ユキ

お、おぉ~!!

鈴城ほのか

ふふ、すごいね~。今まで全然反省しなかった子達が素直になってるよ~。お姉さん凄いね~。

ユキ

うん!!ユキ、ちょっとびっくりしたけど、セレスおねえちゃんカッコ良かった!!ありがとう、セレスおねえちゃん!!

セレスフィーナ

ふふ、光栄ですわ。

ルイヴェル

流石はセレス姉さんだ。並みの男では太刀打ち出来ない高潔さと、魔王のような凄みだった。弟の俺も一瞬恐怖を

セレスフィーナ

誰が魔王ですって?

ルイヴェル

空耳だ。女神のような慈愛深き対応と言ったんだぞ、俺は。

ユキ

……言ったよね。魔王って。

鈴城ほのか

うん、……私も聞いちゃった。

 だが、子供達は敏感に場の空気を読んでいたので、鎮まった女神に対し、口にする事はなかったのだった……。

ユキ

あ、また降ってきたね~。

ルイヴェル

この世界では、梅雨時期だからな。……ウォルヴァンシアとは違い、忙しない事だ。

セレスフィーナ

いいじゃないの♪それに、雨を理由にユキ姫様を抱っこ出来て役得だって思ってるんでしょう?……ねぇ、ル・イ・ヴェ・ル。

ルイヴェル

この土砂降りの中を歩かせては帰宅が遅くなるだけだと判断し、効率的な方法を取ったまでだ。なぁ?ユキ。抱っこの方がいいだろう?

ユキ

んとね~。ユキ、新しいレインコートと長靴で来たから、歩く方が楽しいかなぁ~♪ルイおにいちゃん、降りていい?

 幼子の無邪気な本音から放たれた王宮医師(弟)へのダメージ、地味に100!!

ルイヴェル

ぐぐっ……。

セレスフィーナ

降ろして差し上げなさ~い?ルイヴェル。

ルイヴェル

だが、この土砂降りの中を歩くのは危険を伴う行為だ。ユキ、もう少し勢いの弱い時の雨の日にしておけ。

ユキ

ぇぇえええええ……。

セレスフィーナ

まぁ……、確かに、ちょっとこの雨は酷いわよね。ユキ姫様がはしゃいでる時に何かが起こってしまう危険性もあるし……、はぁ、仕方ないわね。ユキ姫様、申し訳ございません。どうかお許しを。

ユキ

ううん。お母さんにも言われてるもん。雨の日は危険がいっぱいだから、出来るだけ大人しくしていなさい、って。ごめんね、ユキが我儘だったよ。

ルイヴェル

別に我儘ではないだろう。今回は聞き分けもいい。利口な判断じゃないか。ほら、良い子良い子の印に、頭を撫でてやろう。

ユキ

ほんと~?わぁい!!

セレスフィーナ

ええ。とってもお利口さんですわ。私からも撫で撫でさせてくださいませ。

ユキ

きゃっきゃっ!!ありがとうっ、セレスおねえちゃん!!

ルイヴェル

ははっ。ユキが良い子にしていれば、今後も良い事が沢山起こるだろな。なぁ?セレス姉さん。

セレスフィーナ

ええ、勿論よ!!二度と今日みたいな酷い事が起きないように……、ふふ、ねぇ?ルイヴェル。

 平和的でありながら、小さな王兄姫殿下を撫でながらその未来が幸多からんものである事を謳っていた王宮医師の双子姉弟……。
 後日、幼稚園で問題を起こしていた男の子達だけでなく、その親達まで何か恐ろしい目にでも遭ったのか、人に対する礼儀というものを弁えるようになったとか……。

 ――その陰に、幸希という王兄姫の平穏な日々を守りたいと願う誰かの想いがあったという事は、決して表には出てこない秘密の話だ。

王兄姫殿下と、
梅雨時期の出来事

4-1・王兄姫殿下と、梅雨時期の出来事

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