おばちゃん

嘘……でしょ……

 パンチパーマにヒョウ柄の服を着たおばちゃん、香澄(かすみ)は、目の前の光景を見て言った。

 嘘でしょう? 嘘であってほしい。嘘だと言ってくれ。神に頼んでみても、目の前にいる人物は一切変わらない。それどころか、徐々にその残像を増やしていった。

おばちゃん

茂雄(しげお)! アンタは死んだはずじゃ!?

 目の前の人物にそう問いかけた。すると、バーコードハゲのおじちゃん、茂雄は、僅かな髪をクシで整えながら香澄を見た。

お試し・おばちゃん
(原題・嘘であってほしい)

ああ死んだよ

おばちゃん

じゃあなんでそこにいるんだい。しかも、同じ顔が1000人も!!

 茂雄は左右や後ろを見る。なんと、茂雄は喋っている茂雄以外にも999人いた。他の茂雄は鼻毛を抜いたり、尻を叩いたり、靴下の臭いを嗅いだり。三者三様だが、どれも見ていて心地よいものではない。

すげーな。こんだけいりゃあ、浮気し放題だぜ

 浮気出来る程整った顔じゃねーだろ。香澄は心の片隅で思いながらも、それ以上に思うことがあった。茂雄の、”浮気”の言葉を聞いて。

おばちゃん

……アンタ、どうして分かったんだい。アタシの浮気した人数が、999人だったって

 爪の臭いを嗅いでいた茂雄は、香澄の言葉を聞いた瞬間に目の色を変えた。2メートル程あった距離を即座に詰め、香澄を2度見する。

え、え? 嘘だろ?

おばちゃん

何言ってるのよ! これがその証拠じゃない! 分かってるクセに!!

いやいやいや! 仮に999人と浮気していたとしても、何でオレと同じ顔なんだよ、有り得ないだろ!!

おばちゃん

アンタとうとう頭おかしくなっちまったのかい? 茂雄、いいや、SIGEO(シゲオ)1号

SI、SIGEO!? 1号!!?

 香澄は肩を落として言った。だが、茂雄の方は意味が分からず、えっえっ!? と動揺するばかり。

おばちゃん

アンタと出会ったのは、電気屋だったね。私は商品ケースに入っていたアンタを気に入って購入して、そして夫婦になった

何なに!? どういうことか説明しろ!!!

おばちゃん

説明してるでしょーが! アンタが、アンドロイドだって!!

あ、アア、アンドロイドだとォーッ!!?

 アンドロイドと言えば、家電量販店でよく見かける、人の姿をしたロボットのことか。妻と家電量販店へは良く行っていたし、そう言えば、初めて会ったのも確かに家電量販店だった。

 いやいや、それにしても自分がアンドロイドとはとても思えない。確かに物凄い勢いで階段から転び落ちながらも無傷だったし、時々体内からウィーンと言う音が聞こえることもあったが……茂雄は、思い返すと思い返すだけ、徐々にその違和感に気付き始めた。

……オレ、アンドロイドだったのかよ。いや、でもよ。何でこんな親父臭い男選んだんだ?

おばちゃん

安かったからね

 あまりに単純な理由に、茂雄の胸が抉られる。まぁ、この身なりだ。値段もイケメンのアンドロイドと比べたらゼロが2,3個違うだろう。

おばちゃん

それに、性格は悪くなかったしね。結構愛してたのよ

でも、浮気したんだろう? 999人と

おばちゃん

いやぁ。夫の知らない所で沢山浮気するって、憧れだったのよ。1000人行きたかったって時にアンタ、お陀仏しちゃうから

 なんて失礼な奴。茂雄はイライラとした様子で楽観的な香澄を睨む。

けど、浮気相手999人って、今そいつらはどうしてんだよ

おばちゃん

お世話は結構してきたけどさ、アンタ同様お陀仏しちゃって。何せ、浮気相手はおじいちゃんのアンドロイドばっかりだったからね

 浮気の為に買われたアンドロイドは幸せだったのだろうか、それとも不幸だったのだろうか。茂雄は考えた。

まぁ、折角生まれたのに誰にも買ってもらえずサヨナラ。なんてほうが寂しいのかもな。どうも。買ってもらってサンキューな

おばちゃん

いいや。アタシこそ。何時も家の為に働いてくれて、たまに労って肩揉んだりしてくれて、一緒に寝転びながら、お笑い番組見て笑ったりして。本当に、本当に大好きだったんだよ。今もね。有難う

 2人が礼を言い合うと、999人の茂雄の姿が消え、香澄と茂雄が残された。2人になったことで、先程より冷静に話せそうだ。改めて浮気の話に戻す茂雄。

浮気に関してはかなり許せんが

おばちゃん

ご、ごめんなさいね。やっぱり999じゃ納得いかないわよね

問題はそっちじゃないだろうっ!?

おばちゃん

すんません

ただ、家事もちゃんとしてたし、俺とも会話してくれて、愚痴も聞いてくれた。妻としては尊敬してるよ。だからきっと、他の爺さん達も同じ気持ちだったんじゃ無いかと思う

おばちゃん

そうだと良いけれど……

 香澄は照れくさそうに笑った。

ココでお前に吉報だ

おばちゃん

え?

お前が死んでいたと思っていた俺。とある親切なお医者さん……つっても、今思えば機械いじりしてるおっちゃんだったんだろうな。そのおっちゃんが、壊れていた俺を生き返らしてくれたんだよ

おばちゃん

嘘……。それじゃあ……!

ああ。1000人目の浮気、出来るぞ

 香澄は飛び上がって喜んだ。999人だったのが余程惜しかったのだろう。困ったヤツだなと思いながらも、茂雄が香澄を見る目は優しかった。

 香澄はしばらく喜んでいたものの、やがて急に涙を流し始めた。

おばちゃん

……貴方、車の事故で、目も当てられない程ボロボロだったから……もう一生会えないんだって思ったら、もっと優しくして上げれば良かったとか、浮気を掛け持ちして早く貴方の所へ良ければって後悔してたの

ああそうかい

おばちゃん

あと1人、あと1人浮気したら……あとは、2人で幸せに暮らさせて、貰えませんか?

ああ、待ってるよ

おばちゃん

あ、有難う! じゃあ早速誘ってくるよ。芳子(よしこ)に

 香澄が電話をかけにいこうとすると、いやいやと茂雄が割って入った。

よ、芳子? え、芳子ちゃんって、あのお前の読んでる雑誌に乗ってるモデルと同じ名前じゃ……

おばちゃん

あら、見たことあるの? そうよ、芳子ちゃん。最後はレディでしめたかったのよね

 さも当然のように言ってのける香澄。茂雄が黙ると、香澄は茂雄を退かせ、芳子へと電話をかけた。

……嘘……だろ?

 香澄の後ろで、茂雄は苦笑しながら呟いた。

お試し終わり

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