そんなありきたりな呪文を唱えた所為で……
あーあ。仕事があっと言う間に終わってしまったら良いのに
そんなありきたりな呪文を唱えた所為で……
え?
私の身の回りのことは、全て変化してしまっていた。
お試し・金髪の少年
まず、見た目が違った。過去の当時の私からは、絶対ならぬはずであろう服装、髪型、そしてこの顔のしわ。本当に私かと疑ったくらいだが、人は口をそろえてこう呼ぶ、「崎島榎子(さきじまえのこ)さん」と。無論、私と同じフルネームだ。
初めはどうしてか分からなかった。
そこで、変わるまでにしてきた私の言動を思い出した。
そこで一つ浮かんだのである。
あーあ。仕事があっと言う間に終わってしまったら良いのに
これである。
察するに、この願いを聞いてくれた神様が、私の願いを叶えて時をランダムに進めやがってくれたんだと思う。ランダムだから、この顔。そうとしか思いたくない。というか、今でもこれが夢であってほしいと思うけど、ぶん殴った左頬はまだじんわり痛い。
そもそも、結婚だってしてないのに、こんな老けたおばさんになるなんてどういうことなの。
絶望に暮れた私は、仕事を早退することにした。
母ちゃん、お帰り
絶望がもう一匹紛れていた。
どうして? 私子供だっていなかったはずなのに、誰と? 何時? どうして金髪? じゃあ旦那は?
君、お名前は?
どうしたの? 急に。スキッドだよ
目茶目茶外人名!!
あはは、うん。聞いてみたかっただけ。スキッドね。で、パパも外人さんだよね?
……どうしたの、母ちゃん
ば、ばれたか
……パパは、僕とお母さん置いて逃げちゃったって、近所の人噂してたよ
な、何よソレ!!
身勝手な話に、思わず両手をテーブルに叩きつけていた。するとスキッドは怯え、その場に頭を抱えてしゃがみこんだ。
ご、ごめんね……
私もしゃがんで頭を撫でてやる。すると、スキッドは可愛らしい笑顔を見せた。
けれど、夫が逃げたとなると、本当に私の子かも怪しい上、見ず知らずの少なくとも9、10歳の少年の面倒を、一人で私が見なければならなくなる。
スキッド、学校行ってる?
行ってるけど……母ちゃんお金無いんでしょ、大丈夫?
ま、稼ぎ柱がいなかったらね。けど、そこは何とか頑張るから
とは言え、年を取る前の記憶が、10年くらい前からしかない。だから夫の通帳なんて場所知らないし、というか逃げたんならきっと持ってっただろうし、宛てになるのは自分の通帳だけ。カバンから取り出して中身を見てみた。
……えっ、少な。
そうか、この子の養育費とか全て自分でやってきたから。折角10年前貯めてたお金も……トホホ。
……大丈夫?
うん。だ、大丈夫
とは表上は言ったものの、心の内には、どうして知らない少年の面倒を、こんなギリギリになってまで私が見なきゃいけないんだ。と言う思いがつもりつつあった。
翌日、工場に出社して、重大な事実に気付いた。
機械が新しすぎて、使い方がまるで分からない。
仕方がないので、忘れたフリをしてそこら辺の人に聞いてみた。すると、こんなことも忘れたの? と、心配されるどころか、馬鹿にされてしまった。それをメモに取っていると、見ている人にまで笑われた。……悔しかった。
ハードな仕事が終わり、帰ってみれば、誰もいない寂しい部屋。スキッドは仕事か。疲れ果てていた私は、ソファの上で深い眠りについた。
……
母ちゃん、お腹空いた
……誰か、助けて……
……!
早朝、私粗雑な料理を作り、スキッドと共に食べてから工場へ向かった。
崎島榎子さん、ちょっと
は、はい
突然、上司に呼び出された。昨日のミスが響いたのだろうか。謝る準備をしなくては。そう考えながら隅の方に移動する。
君、明日から来なくて良いから
……え?
聞いたよ~昨日、全然仕事にならなくて、作業の方法忘れちゃったそうじゃない
で、ですが。私これからちゃんと
いや、二度あることは三度あると言うから。辞めて頂戴よ、ね
笑顔には、圧倒される程の圧力を感じてしまった。
……こうして、私は職を失ってしまった。
ただいまー……
誰もいない。
けれど、それで良いのだ。
私は台所へとゆっくり歩み寄る。
好きな人と結婚できず、仕事もパーになり、お金だって全くない。私には何も無くなってしまったのだ。そう、何も。
でも、たった一言の愚痴だけで、こんなことってひどいよ。
世の中、もっとひどい悪口言う人いっぱいいるんだよ……?
そう、工場でメモを取った時、陰でこそこそ言っていたあの人達みたいに。
どうせ罰するなら、そういう心無い人達にしてよ。
でもどうせこんな言葉叶いっこないから。
さようなら
母ちゃん……?
えっ!?
思わず、持っていた包丁を落としてしまった。それを見たスキッドは、すぐに包丁を自分のもとへと持っていく。
死んじゃやだよ。だって、ひとりぼっちだった僕を救ってくれたのは、母ちゃんなんだよ
……え?
昔、本当の母ちゃんに捨てられて、施設でひとりぼっちだった僕を、母ちゃんが拾ってくれた。お金だって、そんなにないはずなのに
そうか。どうりでハーフにせよ、顔が似ていないと思った。
けれど、私がなぜ、施設にいた子を引き取ったりしたのだろう? やはり、これも神のいたずら?
だから僕、母ちゃんと一緒に生きたい。お金ないなら、学校だって行かなくても良い。だから……
……もう良いよ
でも、どうしても死ぬって言うなら、僕も一緒に――
ううん
生きよう、一緒に
……うん!
それから、私はすぐに新しい職場を見つけた。
どれもこれも新しいものばかりの職場。慣れるのに時間がかかりそうだ。
けれど、これもあの子の為。私絶対に負けない。
ただいま……ってあれ? なんか良い匂い
今日家庭科習ったから、家にあった具材で野菜炒めた。食べてみて
グーだよ、美味しい!
えへへ
大切な時を失って、仕事が出来なくなり、友達がいなくなり、お金も無くなった。何もないと思ってたけど、唯一いてくれた。この子が。
だから私、これからも――。
はぁい★ こんにちは
な、何だアンタは!!
そうです、私が変なピエロです★
ぱんぱかぱーん! あなたにチャンスを与えに来ました!!
何を言ってるのよさっきから
実はあなたがいままで棒に振って来た時、戻せちゃったりするんです
……え?
そのかわり! 今まで過ごしてきた時間が、今度はパーになりますけどね
それじゃあこの子は……
会えなくなるかもしれないですねぇー
……
さて、どうする?
ひとりぼっちだった僕を救ってくれたのは、母ちゃんなんだよ
どうする?
だから僕、母ちゃんと一緒に生きたい
どうする?
やぁ皆さん、今日もバリバリ働いちゃってくださいねー
はーい
結局、私は若さを選んでしまった。だって、今まで過ぎてきた時の間に、沢山の出来事が起こっていたんだと思うと、どうしても勿体なく感じたから。
それに、私は今のうちに沢山稼がないといけない。