行くな。



行ってはならん!




蔵護の掟を破るのか!?







































この中に正子が……。























罠じゃ、穣一



中に入ってはいかん。




狙われているのはお前なんじゃ!




























何もできないまま尻尾を巻いたんじゃ、男が廃るってもんだ!

なぁに、心配すんなって。
俺は必ず正子を連れて戻る































お前まで行ってしまったら




那由汰はどうなるんじゃ!




















大丈夫だって言ってんだろ!
信用ねぇなぁ……。

……まあでも。
そん時はよろしく頼むよ。
かあちゃん。



















穣一……?

















ワリィ……。
かあちゃん……。








































穣一ぃぃぃ!!!


























略奪






























……ちゃん!
……あ……ん!!

うぅ……。
穣一……。






那由汰

ばあちゃーん!!

はっ!

友美

良かった、目を覚ましたわ。



覚醒した老婆は呼吸を見出しつつも


現状の把握に試みる。


はぁ……はぁ……はぁ……

ワシは……一体……

那由汰

祭壇の前で気を失ってったんだ。

……祭壇……?

那由汰

何かを祓ってたんじゃないの?
ばあちゃん。






ぼんやりとした記憶が徐々に明確になる。



頭の中の霧が次第に晴れるように。





あぁ……。
思い出してきたぞ……。
黒曾の霧に侵された写真機を
祓おうとして……。

そうじゃ!





老婆は唐突に声を上げた。


那由汰よ!
祭壇に鏡と錫杖はあるか?





老婆に言われ



那由汰は祭壇を確認する。



しかし、そこに鏡と錫杖はなかった。


那由汰

いや、鏡も錫杖もない。
友美先輩のカメラも無いみたいだよ。

やはりそうか……。
それが狙いだったとは……。
迂闊じゃった。

那由汰

でも、無事でよかった。

心配をかけたの、那由汰。
お前は黒曾の霧に襲われなかったか?

那由汰

襲われたけど……、
なんとか凌いだ。

なんと。

流石じゃな。
伊達に蔵護の血を引いてはおらぬな。

那由汰

……けど……何もできなかった。

……!




悔しそうな那由汰の表情に



老婆は何かを重ねる。



そして、那由汰を諭すように言った。

それでいいんじゃ。

何人《なんぴと》も
何時《なんどき》であれ
黒曾《こくそ》に交わるべからず。

我ら蔵護は代々この掟を貫いてきた。

蔵護と言えど、
必要以上に関わるものではないのじゃ。

友美

蔵護って……那由汰くんの名字?




ふと、老婆は那由汰の傍らにいた



少女に気を留める。


……して、那由汰。
そのおなごは……?

友美

はじめまして、佐藤 友美と言います。

那由汰

さっき話した、写真を撮った友美先輩だ。祓って貰うために連れてきた。

そうか……。
ご苦労じゃったの。

じゃがもう祓いの必要はあるまい。

那由汰

え?




黒曾の狙いは蔵護の家の宝具、
賜りの錫杖
《たまわりのしゃくじょう》と
鬼哭の鏡《きこくのかがみ》
だったようじゃ。

そこのおなごや写真機は
利用されただけに過ぎん。
関係のないそこのおなごに障りはなかろう。
瀧林の所の娘もじゃ。

ワシはまんまと一杯食わされて、祭壇へとヤツを引き込んでしまったわい。





友美は老婆の言葉に



わだかまりを感じた。






友美

え……でも……。





今起きている現実との差異に。



なんじゃ?

友美

紗希が行方不明に
なっちゃって……。
これって、障りは関係ないんですか?

なんじゃと?
それは本当か?

那由汰

ああ、学校を出た後から
行方がわからなくて……。
今、瀧林先生が一人で探しているんだ。

うぅむ……。




思いもよらぬ災難に老婆は唸る。


じゃが、それは黒曾の霧とは
別の何かかも知れぬな。

那由汰

そうだ、こうしてはいられない!


突然、声を上げる那由汰。

那由汰

友美先輩、俺、紗希姉ちゃんを探しに行ってきます。



そう言うが早いか、


那由汰はその場を駆け出そうとする。




しかし、友美は焦る那由汰の腕を掴んだ。

友美

待って、那由汰君。
お祓いの必要がないなら私も行くわ。

那由汰

友美先輩は家に帰った方がいい。
さっきのようなネズミの化物が現れるかもしれないし、もうすぐ夜になる。

友美

それはそうだけど……。

那由汰。
今、ネズミの化物と言ったか?

那由汰

ああ、そうだ。
ばあちゃん、何か知っているのか?

ならば、鬼神の装束を羽織っていけ。

那由汰

え?

鼠《そ》は鬼《おに》を畏れる。

相手がネズミならば、
鬼神の装束は魔除けになる。
ネズミにとって鬼神は
畏怖の対象なのじゃ。

那由汰

鬼神の装束に
そんな意味があったなんて……。

それに番《つがい》の方が
鼠《そ》は施しを受けられると考え
敵対心が低くなる。

共に行くというのなら都合がよい。

友美

番《つがい》……?




老婆の一言に引っかかる友美。


那由汰

わかった、ばあちゃん。
どちらにしろ、友美先輩一人にするのも不安だし、一緒に鬼神の装束を羽織って家まで送ってくる。

そうするがいい。



一人理解が追いつかない友美は


那由汰に問いかけた。

友美

ちょ……ちょっといいかな、那由汰くん。

那由汰

どうしたの、友美先輩?

友美

……えっと……もしかして、
鬼神の装束と言うのは、
那由汰くんと紗希が昨日来ていたやつかな?

那由汰

そうだよ、友美先輩。

友美

おおぅ……私もアレを着るというのか……。

那由汰

友美先輩、紗希姉ちゃんが心配だ。
早く着替えていこう。

友美

……そ、そうだね。














仮装に慣れない少女は




行方不明の友人を見つけた際に




誂われませんように、と




願わずにはいられなかった。






































* * *











































沈みかけた太陽は





地平線の端を闇に染め始める。




























薄闇の中、病院から逃げるように走る足音。















ひぃ……

















く……来る……










































































































長い一日が




間もなく終わりを告げる。





























つづく

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