回避
くそっ!
来るな!
那由汰はとっさに
手に持っていた傘を体の前へ構えた。
布張りの傘は
辛うじてネズミらしき獣の正面を捉え
その突撃を受け止めた。
しかし……。
うぅ……なんだコレ!?
ネズミのような獣は
自身の推進力と
傘の強度に抗えず
その身を傘へのめり込ませていく。
あたかも、ゼリーが灼熱の棒を
あてがわれているかのように。
その裂け目からは
ミミズの集合体のようなそれが
絡みつかんとばかりに顔を覗かせる。
うぅ……。
目をそらしかけた
違う……これは……
ネズミじゃない、ネズミじゃない!
そして、立てた傘を力の限り押し返す。
覇ッ!
自身の推進力と
それを押し返そうとする力に
真っ二つに分断されたそれは
そのままの勢いで
那由汰と友美の後ろへと吹き飛んでゆく。
その軌跡に筋のように描かれた闇で
あたりを包みながら。
勢い余ったそれは
まるで、よく熟れたトマトを
握りつぶしたような音を立てて
障子へと叩きつけられた。
那由汰と友美は
次なる行動に備えようと振り返る。
うっ!
あ……あ…あ
そこには、
二体に増えたミミズの集合体のような獣が
液体のような物を滴らせながら
那由汰らの様子を伺っていた。
攻撃が効くとか
そういうレベルじゃない……。
どうすればいいんだ!?
為す術のない相手に
那由汰は背筋に冷や汗が伝うのを感じていた。
友美は唇が酷く乾き
口を動かすこともままならくなっていた。
外皮を失ったミミズの集合体は
それぞれの触手上の肉塊がうねり蠢き、
複雑な構造のキャタピラが
獣のような外形をもぞもぞと移動させる。
二体のそれは
まるで意志を疎通させるかのように
顔らしき部分を向かい合わせたまま
近づいたり離れたりを繰り返す。
いつのまにか、先程のような敵意は
消えたようにも感じられていた。
あれは一体何をしているんだ……?
しばらく奇怪な行動を続けた二体は
おもむろに獣としての動きで
那由汰たちが来た廊下から
走り去っていった。
た……助かったのか?
そう……みたい……
おそらく危機を回避した那由汰ら。
全身に力を込めていた那由汰は
すっと力が抜けるのを感じたかと思うと、
その場に座り込む。
那由汰が腕で額を拭うと
脂汗がじっとりと纏わりついた。
……だからネズミはイヤなんだ。
友美先輩、大丈夫?
多分、なんともないはず……。
そうだ、ばあちゃん……
ふと、那由汰は祖母の身を案じ
闇の消え去った部屋の奥へと目をやる。
ばあちゃん!
そこには
力なく横たわる老婆の姿があった。
つづく