――翌朝、食堂。

ハル

いやぁー、今朝のメシも
美味いっすねぇ。
美味すぎるっす。

ダナン

こりゃ美味ぇ!
五人前追加で貰うぜ!

タラト

ハグ、ゥム、
にく、うまい。
ハッ、ハグ、
う、う、めえ?

リュウ

ダナンは身体が
デカいから別として、
ほんとよく食うよな。

 厚切りベーコンのルードヴェルディ。
 ディープスの庶民にもよく食べられるメニュー。ヴェルディ地方のルードという特別な調理法で、厚く切ったベーコンを弱火でじっくり焼いたものだ。

アデル

私ももう一枚頂きます。

 おかわりをしたアデルだが、もうこのメンバーで驚く者はいない。身体の小さなアデルだが、その小ささと反比例したような食いっぷりには、同期達からすれば日常の風景のようだ。

ダナン

しっかし、ジュピターが
そんなに強かったのか。
なんだか信じられねぇな。

ジュピター

へっへっへぇ。
そりゃあ、
オイラは小さい頃から
ジッチャンの剣筋を見て
育ってきたからなぁ。

ユフィ

そういえば有名な冒険者って
前に言ってたわね。

メナ

それにしても凄いわよ。
私なんか横で見てたけど
どうなってるか
分からなかったもん。

ダナン

ハルが弱すぎる
だけじゃねぇのか?
ぎゃっはっはっは。

ハル

いやぁ、
確かに自分が弱いってのも
あるっすけど、
ジュピターの剣筋が
凄いってのはホントっす。

リュウ

確かにハルの言う通りだ。
俺もずっと見てたからな。

ユフィ

へぇ~。

アデル

ハルも負けてられませんね。

 訓練場に入って三日目。
 昨日と同じく、各々が自分自身にあった訓練を行う事になった。

 ハルは昨日の教官の元に、再び顔を出した。

ハル

おっはよーごっざいますっす。
今日も訓練お願いするっすよ。

刀の教官

昨日何セットまでしたんだ?

 テンションの高いハルの挨拶を完全に無視して、刀の教官は質問を投げかけてきた。

ハル

そりゃあ言われたとおり
5セットやったっすよ。

刀の教官

何? 何だと?

刀の教官

……まぁいい。
それなら今日は10セット。

ハル

げ!
又、基礎体力っすか?
剣術を教えて欲しいっすよ。

 文句を言ったハルは、この後、教官の怒りを買い、昨日の三倍の基礎体力コース15セットをやる羽目になった。

 ――東棟、会議室前廊下。

 訓練を終えヘロヘロになったハルは、寮室に戻ろうとしていた。昨日の三倍のメニューを夕方までの間にこなす事が出来たのだ。

答えてちょうだい!

 強い語気が聞こえてきたのは、会議室からだった。好奇心旺盛なハルは、疲れも忘れ隙間から覗き込んだ。

ユフィ

…………。

リーベ

今話すべきことではありません。

 中にはユフィとリーベが、二人で真剣な話をしていたようだ。答えを求めているのはユフィだった。

ユフィ

さっきも言ったとおり
私には病で苦しむ妹が居るの。
不思議な力について
存在だけでも教えて欲しいの。

 ユフィの目的である妹の病の克服。エノクがシーベルトに滞在している時、ハルに語った話だ。ユフィはおそらく、その不思議な力の正体をリーベに聞いているのだろう。

リーベ

聖ユデア教会の導師が使用する
指輪の存在をご存知でしょうか。

ユフィ

詳しくはないけど、
聖ユデアが残した奇跡の力を
使えるらしいわね。

リーベ

その通りです。
貴重な品なので、
一般人が見る機会はないに
等しいでしょう。

 リーベはフードの襟元を微調整して、後方の椅子に音もなく座り、続けた。

リーベ

指輪の力は傷を癒す……、

ユフィ

……治癒…………、
それならネピアも!

リーベ

そう噂される事が多いですが
正確ではありません。
戦いで傷付いた身体の回復。
そう認識されている
冒険者が多いのも現状です。
ですが事実は違います。

リーベ

生命力を上げる……
それが指輪の力なのです。
指輪の力で傷が
癒えるわけではないのです。

ユフィ

同じことだわ!
ネピアの病気にも
きっと効くはず!

 妹のネピアの事になると、どうしても冷静さを欠いてしまう。そんなユフィを見据え、僅かな間を開けてリーベは答えた。

リーベ

病気とは生命活動の一種。
生きている人間しか
病気にならぬものです。

ユフィ

何を当たり前のことを!

リーベ

指輪の力は生命力を
上げると申しました。
傷や病を治そうとすると
回復力も上がりますが、
生命活動の一種である
病気の力も
上がってしまうのです。

リーベ

元々、病気の力が強い状態で
生命力を上げると
病状は悪化する最悪の結末。

ユフィ

逆効果なの……
何で、そんな話を……

リーベ

いずれ指輪の話は
ベルゼビュートさん、
貴女の耳に入る。
先にお話しておくべきだと
判断致しました。

ユフィ

結論を聞かせて。
妹の、ネピアの病気を
治す手段はないの?

 ハルは会議室を覗きながら緊張していた。この返答によっては、ユフィがここに居る理由がなくなる。ハルにでもそれはすぐに分かる事だった。

リーベ

単刀直入に申し上げます。

リーベ

現在病を克服する力は
御座いません。

 非情とも言えるリーベの返答。その答えでユフィがディープスを出る事もリーベは分かっているはずだ。

ユフィ

分かったわ。
時間を取らせたわね。

 はっきり言い切られたユフィは、いつもの冷静さを取り戻していた。


 妹の病を治す方法を求めてベインスニクを飛び出した。今、その可能性を完全に否定されたのだ。

ハル

ユフィがベインスニクに
帰るのは寂しいっす。

 ハルには仲間との別れが辛すぎた。それを止める事も出来ないし、ユフィ達姉妹の為にもならない。自分ではどうする事も出来ない他者の事情に、歯痒い思いを抱えるハルがいた。

 ~錬章~     35、他者の事情

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