――東棟裏庭。

 食事中の会話から、自主練をする事になった。ハルは元より、メナとジュピターも参加。リュウは涼みに来るついでの見物らしい。

メナ

こんな広い裏庭があったんだ。

ジュピター

ここは静かでいいだろ。
昨日、見付けたんだ。

リュウ

風が気持ちいいな。

 裏庭は短い芝生に覆われただだっ広い敷地だった。そこにほどよく涼しい風が吹き抜ける。芝生の香りが鼻をくすぐり、宙には星々が瞬いていた。

メナ

じゃあ、早速素振りしよっかな。

ハル

それじゃあジュピター
手合わせお願いするっす。

ジュピター

ハル、よろしくな。

リュウ

ほ~どほどになぁ~。

 リュウの間延びした声が合図となり、二人は木剣を構える。木剣を相手に向け中段に構えるハル。ジュピターもそれを見て、同じ構えをとった。

 ジュピターと対峙したハルは、ワクワクした気持ちで胸がいっぱいだった。木剣を構えた腕にもそれが伝わり熱くなる。脚は自然に踏み出してしまいそうだ。

 エノクと知り合い剣術を知り、数日だけの手ほどきを受けた。無論、エノクから一本取る事など出来なかったが、別れの時に少し褒められた事が何よりも嬉しかった。

 ハルはそれが嬉しくて、毎日素振りは欠かさなかった。エノクと再会した時に、強くなったと言って欲しい。ハルはそんな単純だが分かり易い目標に一直線だった。

ジュピター

…………

 ハルが思った以上にジュピターは静かだった。あんなにも小さい身長しかないジュピターが、木剣を構えると堂々と映る。有名な冒険者だった祖父から、幼い頃から剣を習っていたジュピターは、どんなに強いのだろう。

ハル

ジュピター!
いくっすよ!

 振り上げた木剣を一直線にジュピターに振り下ろ……!! 気付けば木剣は芝生に打ち付けられていた。そしてハルのガラ空きの首元には、ジュピターの木剣があった。

ハル

…………

 何をされたのか? どうしてそうなったのか? まるで分からないハルは、裏庭に吹く涼やかな風を感じれぬほど身体を熱くしていた。

 エノク以外と剣を交えるのはこれが初めてだった。剣を振り続けてきた自信もあり、なんとなくだがジュピターと対等くらいかと思っていた。

ジュピター

いっぽ~ん♬

 ジュピターの軽いセリフが、ハルを現実に戻した。二歩後ろに下がって態勢を立て直すハルは、今度は上段に木剣を構えた。

全く動じる事のないジュピターは、上質の茶を味わうようにゆっくりと下段に構えを移す。食堂で話している時と同じ笑みを漏らしている。決して嫌味ではなく純粋にこの練習を楽しんでいるようだ。

 その笑みが実力の差を思わせる。気で飲まれては駄目だ。そう思い、いつもの素振りを思い出し自分から仕掛けると心に決めた。

ハル

!!

 次の振りはそもそもジュピターに届いてすらいなかった。ジュピターはその剣筋を見切ってか、一歩も動いていない。慌てて上段の構えに戻すハルの首元には、またもやジュピターの木剣が寸止めされていた。

 ハルは悔しくて情けなくて、そして、不甲斐ない思いが胸の中で混ざり合い駆け回った。その後、目の前の小さな男が誇らしげに思えてきた。この小さくてクリクリ頭の男は、自分よりもずっと強い。

 エノクから教わった自分の剣術が全く通用しない。それが現実であり、ジュピターとの明白な差なのだ。そう認めてしまうと、先ほどの情けない混濁した思い――それは、一気に丸飲みしてしまい腹の底に落とせた。

ハル

ジュピター強いっす!

ジュピター

まだまだやるだろ?

 悔しいのは事実だが、それを認めたハルは楽しかった。

 今迄一人で素振りを続けていた。

 それを思えば力量の差はあれど、ジュピターとの自主練は楽しくてたまらなかったのだ。

 二人は夜が更けるのも忘れて木剣を重ねた。

 メナとリュウが止めるまでそれは続いた。しかしハルの木剣はジュピターにかする事すらなく、ジュピターの強さを痛いほど思い知らされる夜となった。

リュウ

ジュピターは上手いな……。

メナ

…………。

 へとへとの二人と共に宿舎に帰るリュウ。その何でもない言葉が、メナには不思議に思えてならなかった。

 ~錬章~     34、技量の差

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