鳴海 雪菜

こんにちは

依頼人だ。その女性は、恐る恐るといった様子で中に入ってきた。

逢坂

ようこそ、いらっしゃいました。こちらへお座りください

鳴海 雪菜

あ、はい……

席を勧めると、きょろきょろと視線を動かしつつ、彼女は腰を下ろした。

逢坂

改めて、この記憶屋の店主をしています、逢坂と申します

鳴海 雪菜

鳴海雪菜です。今日は、よろしくお願いします

逢坂

こちらこそ、よろしくお願いいたします

……深呼吸。いよいよ、本題だ。

逢坂

さっそくですが、依頼内容についてお聴かせください

鳴海 雪菜

その……

鳴海さんは、覚悟を決めるように二度うなずくと、こう続けた。

鳴海 雪菜

私には、忘れられない人が、いるんです

逢坂

え?

忘れられない人。

それなら、僕が記憶をみる必要はないのでは……?

鳴海 雪菜

忘れられない人。……ずっと、心のどこかにいるはずなのに、名前が、思い出せないんです

逢坂

名前、ですか……

こんな依頼は、初めてだ。

今までは、「人助け」という印象の強い依頼が多かった。

もちろん他人の記憶を「覗く」ことは、プライバシーに踏み入ることと同義だ。比べるものではない。

……でも、この依頼は、明らかに、本質が異なる。

忘れられない人。それでも、名前を思い出せない人。

その人に関する記憶--------いったい、どんなものなのか。

それは彼女にとってよい記憶なのか?それとも--------

--------いや、それは僕が考えることではないし、決めることでもない。

その記憶は、僕のものではないのだから。決めるのは、鳴海さんだ。

気を引き締めなおし、僕は口を開く。

逢坂

わかりました。それでは、詳しく伺うために、いくつか質問をさせていただきます

鳴海 雪菜

はい

こうして僕の、『記憶屋』としての仕事が始まった。

第四話へ、続く。

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