依頼人だ。その女性は、恐る恐るといった様子で中に入ってきた。
こんにちは
依頼人だ。その女性は、恐る恐るといった様子で中に入ってきた。
ようこそ、いらっしゃいました。こちらへお座りください
あ、はい……
席を勧めると、きょろきょろと視線を動かしつつ、彼女は腰を下ろした。
改めて、この記憶屋の店主をしています、逢坂と申します
鳴海雪菜です。今日は、よろしくお願いします
こちらこそ、よろしくお願いいたします
……深呼吸。いよいよ、本題だ。
さっそくですが、依頼内容についてお聴かせください
その……
鳴海さんは、覚悟を決めるように二度うなずくと、こう続けた。
私には、忘れられない人が、いるんです
え?
忘れられない人。
それなら、僕が記憶をみる必要はないのでは……?
忘れられない人。……ずっと、心のどこかにいるはずなのに、名前が、思い出せないんです
名前、ですか……
こんな依頼は、初めてだ。
今までは、「人助け」という印象の強い依頼が多かった。
もちろん他人の記憶を「覗く」ことは、プライバシーに踏み入ることと同義だ。比べるものではない。
……でも、この依頼は、明らかに、本質が異なる。
忘れられない人。それでも、名前を思い出せない人。
その人に関する記憶--------いったい、どんなものなのか。
それは彼女にとってよい記憶なのか?それとも--------
--------いや、それは僕が考えることではないし、決めることでもない。
その記憶は、僕のものではないのだから。決めるのは、鳴海さんだ。
気を引き締めなおし、僕は口を開く。
わかりました。それでは、詳しく伺うために、いくつか質問をさせていただきます
はい
こうして僕の、『記憶屋』としての仕事が始まった。
第四話へ、続く。