僕には、他人の『記憶』を覗く力がある。

幼心に忌むべき能力だと察した僕は、ただただ自分のこの力を呪っていた。

--------自棄になって、なりふり構わず人の記憶に触れ回ったあの頃の自分のことを思い出すたび、後悔の念に襲われる。

いけないことだとわかっていても、やめられなかった。毒のように身体中を巡り、それは何年も僕を苦しめた。……記憶に触れられた人たちと、同じように。

当時の僕は、友達が次々と自分の元から離れていくことが辛くて仕方なかった。

--------今ならわかる、簡単なこと。

遠慮解釈なく記憶に触れられた相手のほうこそ、傷ついていた。離れて当然だ。

それに気づかせてくれた、僕の恩人。そして、家族。

この『記憶屋』の生みの親でもある、僕の祖父。

僕は、随分祖父に助けられてきた。

小学生になるすこし前に両親を亡くした僕は、早々に祖父に引き取られた。

祖母はそれよりもっと前に亡くなっていたから、祖父とふたりの生活が始まった。

記憶が、覗ける?

初めてそのことを打ち明けたのは、小学四年生の頃だった。

本当は、引き取られてから、ずっと話したいと思っていた。……疑われ、信じてもらえず、嫌われることが、恐ろしかった。

気にすることはない。お前だって、他と同じ人間なんだ

でも祖父は、そう言って、すべてを信じてくれた。微塵も疑う様子はなかった。

ただ、ひとつだけ

だが、祖父はそのあとにこうも言った。

ひとつだけ。その力は、いつもどんな時でも、自分の中にしまっておきなさい

どうして……?

いつか、わかる。その時まで、ずっと、しまい続けるんだ

わかった……

じいちゃんに、なんでも相談しなさい

うんっ

それから、いろいろなことがあるたび、僕は祖父に相談した。

優しかった。そのあたたかさは、両親を失って傷ついた心、まだ制御しきれない力に悩む僕の心に沁みていった。

そして、それからしばらく経って。

高校卒業後の進路について、相談するような年齢になった。

就職、するのか?

うん、じいちゃんに、恩返ししたいから

嬉しいことを言ってくれるな。……でも、そんなことは望んじゃいない。それより、提案があるんだが

提案……?

お前のその力、有効に使ってみないか?

……どういうこと?

店を開くんだ。たとえば、物を失くして困っている人がいるとする。お前は、その人の記憶を探って、探し物の手助けをする、とかな

……それは、無理だよ。まず、記憶を覗けるだなんて、信じてもらえるとは思えない。

それに、仮に信じてもらえたとしても、気持ち悪がられて終わりだよ

やってみなきゃわからないだろう。それに、もしお前の力が役に立てば、評判が立つ。すこしずつだが、軌道に乗れば店としてやっていけそうだろう

……お金を、取るのか

気が進まないなら、最初は副業としてやってもいいが

でもお前、もし企業に就職したとして、今までのまま、息苦しいまま、生きていくような人生で、いいのか?

--------息苦しい。その感情を見抜かれていたことを、初めて知った。

実はな、お前の両親が残した財産、結構あるんだよ

いきなり生々しい話になるがな、と笑いながら祖父が出したのは、預金通帳。

……うっわ

……目を疑うほどの桁数。息を呑み、ただただ通帳をみつめる。

お前の好きなように使わせるつもりで、一銭も使っていない

やってみないか?『記憶屋』として

記憶屋……

頷くしか、なかった。

こうして僕は、祖父の提案により、両親が遺してくれたお金で、『記憶屋』を始めた。

第三話へ、続く。

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