彼女の息が、一瞬、詰まったのが分かった。
彼女の息が、一瞬、詰まったのが分かった。
……ぁ……
ぽつりと漏れたかすかな声は、低く暗いもの。
その顔を視界に入れて、逆に、私は問い返したいくらいだった。
なぜ、そんなに後悔したような顔をしているのか、と。
どうして形にならないとわかっている光にすら、そんな期待を背負わせるのか、と。
でも、こんな、無理矢理は……
あとちょっとで……
あとちょっとで、
無惨に崩れ落ちていたわね
む、ざん……?
あなた、わからなかったの
あの光、どっちにしろ、
まともな形になることはなかったわ
私は、気づいていた事実を言葉にする。
(……わかっていた、はずよ)
そしてその事実を、彼女も気づいていないとは、想えない。
もし、そんな事実にすら気づけないのなら……ここまで話せるようになるほど、闇の中を進み続けては、来ていないはずだから。
そ、れは……
ためらうような彼女の様子に、自分は間違っていないと、確信する。
(であれば――残酷なのは、どちらかしら)
そう問いかけたい気持ちにもなったが、そうして追いつめることも無駄な気がして、口を閉ざす。
彼女の無駄を否定しながら、という気持ちになりもしたからだ。
……
告げない代わりに、彼女の様子を観察する。
強い視線が少しだけ揺らぎ、なにかを告げたそうに口と手元を動かしているが、言葉を生み出すまでにはいかない。
視線はそらさないまでも、口元や頬は揺らめき、変化していた。
少なくとも、先ほどまでの勢いは欠けている。
その意味するところは、単純だ。
(やはり、わかってはいるのね)
どの程度の時間、この闇をさまよっていたのかはわからない。
だが、その仕草で読みとることは出来る。
――見た目の明るさ、朗らかさは、やっぱり見た目だけ。
――その見た目に反する、闇の抜け方。払い方。
――彼女も、知っている。この闇を進む、ただ一つの方法を。
光の形が、どういうものなのか。
いったい、どうすれば灯し続けられるのか。
彼女は、わかっているのだ。
私達とどう関わるために、存在しているのかを。
生まれえない形を、生まれろと期待する。
それは、残酷なことだわ
あ、あの、でもですね……!
ゆえに、彼女が怒っている理由がわからない。
ためらい、悩み、問いかけるのはなぜか。
……理解、したくない。
――彼女も、そうして歩んできたのではないか。
だけれど、彼女は引かない様子だった。
もしかしたらってことが、あると想います。
リンは、あると想うんです
それを……信じたい、のです
信じたい……?
どんな光の塊も、形になります。
そして、この闇がいっぱいになる前の姿になって、お話を聞ける。
……その、可能性を、です
まっすぐな瞳で、彼女は私にそう告げる。
もう、彼女の瞳は元に戻っていた。
それは先ほど、光の塊が形をとるために努力していたのを、見つめていた瞳。
嬉しそうに見つめていたのと、同じものに見える。
相手を願い、無邪気に喜び、形を得ることを祝福する、無邪気とも言える瞳。
――この闇の世界に、かつての世界の幻影を生み出す、その行為を喜ぶ意思を持つもの。
……ふっ
だから、私は想わず笑ってしまう。
もちろん、楽しい気持ちの笑みじゃない。
むしろ、逆だった。
こんな気持ちになったのは、いつ以来だろう。
不快すぎて、漏れ出てしまった、嘲笑に似た笑み。
それを浮かべながら、私はやや声音を厳しくしながら、彼女に告げる。
もし、ありえないけれど、生まれてしまった形を……あなたは、どうするの
お話しします
そして、その方がとっても光り輝いたお話を聞いて、想い出して欲し――
光を、吸わないのかしら
……っ!
もっとも、輝いて……それでもあなたは、吸いとることが出来るのかしら
吸い、とる……
気弱な彼女の声が、耳に障る。
ちりちりと、感じたことのない、ざわつき。
聞いているのは、私よ
胸にこすりつけられる、じりじりとした衝動を、言葉として吐き出そうとする。
――彼女に、その苦さは、伝わっているのか。
読みとれないまま、彼女の言葉を、また耳で聞く。
……リンは、相手の方のお話を、聞きたいのです。
しっかり、満足されるまで
……っ!
聞きたいのは、そんなことじゃない。
リンは、お相手の光が、どんな輝きなのかを……想い出してほしいのです
だから……!
話が進まない。彼女は、同じ言葉ばかりを繰り返す。
その言葉に、嘘はないのだろう。
相手の理解を得て、輝きを想い出してもらい、大切な時を抱えながら……共に、歩む。
言っている意味は、理解できる。
けれど、そんな道の進み方をしてきたなんてことが……わからない
(そんなの、わからない)
――だって、ここは。
――この周囲にあって、私達を押し潰そうとしているのが、いったいなんなのか。
――わからないわけでは、ないはずなのに。
ここで、彼女の望む時が訪れたとして……それがいったい、なんになるというのか。
それで、あなたは……
自分を、慰めてでもいるの
えっ?
自分を……リンが、ですか?
とぼけたような表情を浮かべる彼女。
本当に理解していないように見える、その姿。
不思議そうに眼を開く彼女とは逆に、自分の眉間が険しくなるのを感じる。
かちゃり、と手元のランタンが震えたのも、握った手が揺れたからだ。
それがわかったのか、彼女が少しだけ戸惑う瞳となる。
口元を結び、瞳をまっすぐに見つめながらも、少し不安そうな彼女の様子。
演技の色は、ないように見える。
私を油断させるためだったり、切り抜けるためのようなものでは、ないだろう。
ただ、理解していないだけ。
私が問いかけた、言葉の意味を。
(同じ闇を、見てきたはずなのに)
考えを切り替え、空いた手で、彼女を指さす。
正確には、その手元にある、かすかな光へと。
あなたも、同じ。
手に持っている光は……この闇を、照らすことができる。
そうでしょう?
は、はい、そうです
驚いたように頷(うなず)く彼女。
……いちいち、仕草が気に障る。
それを指摘するのも、やはり無駄な気がするので、我慢して口を開く。
やっぱり。
グリもそう言っているけれど、やはりね
グリさん……
もしかして、その光のことですよね!?
興味を持ったような、彼女の瞳。
――内心で、私は警戒を強める。
彼女の手の中にある光と、私の手の内の光は、おそらく同じ存在。
つまり……燃料を、秘めている。
彼女にとって、この闇に抗うために、必要となるものを。
(まったく同じかは、わからなけれど)
警戒するに、しすぎることはない。
すっと、少しだけ身を引く。
あまり身体能力は高そうではないが、不意の襲撃には備えなければならい。
――けれど、代わりに出てきた言葉と行動は、やはり私には予想できないものだった。
良かったです!
リン、とっても嬉しいです♪
う、嬉しい……?
奇妙な彼女の言葉に、私は問い返す。
はい!
スーさんと同じで、グリさんもお話しされるんですよね?
は、話は、するけど……
あなたの光も、そうであるなら……
もしや懐柔でもするつもりなのだろうか、と答えてから想いついたが、彼女から帰ってきた答えは予想を上回るものだった。
やりましたよスーさん、お仲間ですよ! 初めて出会えた、スーさんのお友達ですね!
両手を上げて、やったー! と声を高ぶらせる彼女。
……
彼女の、脳天気すぎる喜びに、私は沈黙してしまい。
……は?
想わず漏れ出た一言は、自分でも驚くぐらい、呆れた声をしていた。