………

…………?

誰だ……コイツは

鏡に男が映っているのは。
蜂蜜色の髪とカボチャパンツの似合う若い男だ。


鏡の中の男に手を振ってみる。






………っ

鏡に映る男も、手を振り返す。





違う、鏡に映る男は自分なのだ。

(そういえば、自分は……こんな顔をしていたような気がする)

(何を、するんだっけ?)

目を閉じて首を捻る。

そうだ、彼女を待っていたんだ







自分という存在は、彼女の手で生み出された存在。
自分は物語の欠片で、精霊。


それだけが、今の彼が知る自分自身の情報。





彼は彼女が来るのを待っていた。
彼の物語を生み出した少女を。

 何の為に?

物語を完結に導いて貰うために

(まずは、僕が主人公の本を探して貰う)

(彼女が本を開けば………想像した物語の世界に取り込まれるはずだ)

(抜け出すには物語を完結させなければならない……最初にこんなこと言ったら、きっと本を探してくれないだろうな。だから、黙っていよう……)

何も分からないはずなのに、頭の中に情報が流れ込んでくる。


不思議な感覚だ。



そんなことを考えていると、入り口の扉が静かに開かれる。



来た!!

そして、彼は彼女と出会い、

彼女は本を開いた。

彼女は予定通りに物語を進行させて、

やがて、その物語は結末を迎える。

それは、それは、幸せなハッピーエンド………

 ………では、なかった。

………あいつが描こうとしていた結末は

思い出すのは、二人でプリンを作ったあの日の光景。


ソルはプリンを食べるのに夢中だった。



彼女は正面に座り物語を描いていた。






一緒にプリンを作ったことで警戒心が薄れていたこともあったのだろう。




彼女はいつもより饒舌になる。

王子様のカラメルソースが美味しくて、毎日みんながカラメルソースを求めるの。いつの間にか王子様のまわりには、城のみんながいて、魔法使いの女の子も居て……彼らは末永く幸せに生活するの

彼女が語るのは、描いている途中だった物語の結末。

そんな単純なことってあるのかよ

物語なんだから単純で良いの

そういうものなのだろうか。
本を読まないから考えたこともなかった。

そういうものなのか

カラメルソースが美味しかったよ。ありがと

当然だろ? 俺が作ったんだからさ

思っていた以上に上出来で、実は自分でも満足している。

こうして、喜んでもらえると嬉しい。
同時に少しだけ恥ずかしくなる。

だから、ソルには明日からも作って欲しいの

え?

上目遣いにそんなことを言われたら、無意識に頷きそうになって……


必死に堪えた。

ごめん、作り方、忘れたよ

ついさっきなのに?

忘れた

彼女の為に作るのは問題ない。

そうなると出来の良い兄と一緒にプリンを作ることになる。

それは恥ずかしいというか、何だか嫌だ。

んー……ここで、作ってやるって言ってくれないと物語に採用できない

何を言っているんだよ?

うーん……考えないと

何を?

カラメルソースを作らないで王子様が幸せになる方法

そっか。がんばって、考えてくれよ

そう言って、改めて目の前のプリンを頬張った。

(あの時、作ってやるって言えば……良かったのだろうか)

今更、後悔しても仕方がない。

あの時は少し気恥ずかしかった。

褒められたのは初めてだったからだ。

(俺が否定したから、あいつはこの展開とは別の結末を考えようとしていた)

考えようとしていた矢先に、あの男が現れたのだ。

(ハッピーエンドを放棄した……いや、破棄したようなものだな)

物語は黒いインクで塗りつぶされていた。

インクで潰されていたのは孤独に佇む王子の姿だった気がする。

(本の中で王子はカラメルソースを作った。
王子の時の俺に記憶はなかったから無意識だったけど、作ったら喜んでくれると思って、俺は………)

心の奥底では、また作ってやりたいと思っていた。


その気持ちが、王子の行動に反映されてしまったのだろう。

(あれは俺が嫌がった結末……そんなのを押し付けてしまった)

全ての記憶を取り戻したエルカによって物語は結末を迎えた。

魔法使いの女の子が姿を消して、王子は孤独になった。

それが、結末。

いや……… まだ、結末は迎えていない

静かに立ち上がる。

もう、王子の姿ではなかった。。

ソル

……

物語は完結を迎えた。

エルカが本の世界から解放されたのと同時に、ソルも檻の中から解放されている。

鏡に映るソルの姿は王子の姿ではない。



 
図書棺に戻ったソルは、棺内を走り回る。

 



気味が悪いほどに静寂に包まれた棺内。
聞こえるのは、自分の乱暴な足音だけ。

やがて、ひとつの扉の前で立ち尽くすコレットの姿を見つけた。

コレット

……なかなか、手強いわね

コレットの視線の先に固く冷たい扉があった。

ソル

すまない。あいつの側に行かせて貰ったのに、何も出来なかった

コレット

いいえ、エルカの方が上手だっただけでしょう

ソル

………ここに篭ったのか

重い扉の向こう側からは物音ひとつ聞こえてこない。

コレット

そうね

コレット

あの子は何かを隠しているみたいね

ソル

………え?

コレット

あの子だけが知っていることがあるのよ。それを隠す為に……あの子はここに篭るつもりね……別の理由もあるでしょうけど

ソル

あいつだけが知っていること?

コレット

事件の真相よ

ソル

それは、俺が……

コレット

それは、貴方の言い分よ。あの子が見たもの、感じたものと同じとは限らない

ソル

………

コレット

ソルくん……鍵は持っている?

ソル

え?

コレット

お父様……エルカのお爺様から預かっている……御守りの鍵

ソル

あ、ああ

首に下げている鍵を取り出す。

ソル

でも、これは図書棺に入る時に使った鍵だぞ

コレット

これは図書棺の鍵ではないわ。魔法の鍵。開けるべきものを開くことが出来る鍵。

ソル

………

コレット

この図書棺はエルカの魔法によるものなの

ソル

え?

コレット

あの子の心が生み出した、自分が引き篭もる為の空間

ソル

引き篭もる為の

コレット

地下書庫を失った彼女は、代わりになる場所を自分の心の中に造った……ってところね

コレット

この中に、入ってもらうわ

ソル

……あいつの心に踏み込めってことか?

コレット

あの子が拒まない限りは……その鍵で開けることが出来るわ。今ならまだ、貴方のことは拒まないはず

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