炎の中をひた走る。

煙の向こうにぼんやりと人の姿が見えた。








探していた相手を見つけて安堵する。

同時に、違和感を抱いた。





彼女が居たのは、いつも居るはずの書庫の中ではなかったのだ。

その地下書庫に続く入口の扉の前。



エルカ

………

扉に向けられたのは不敵な笑み。




ふいに視線が動いた。
ゆっくりと、こちらを見る。

ソル

……っ

エルカ

………

視線と視線が絡み合う。
エルカは一瞬目を細めた。





持っていた鍵で地下書庫の鍵を閉めると、その鍵を炎の中に投げ捨てる。

エルカ

どうしたの?

抑揚のない声に、ソルの意識はクリアになった。

 何をしていた?

その問いが浮かび上がったが、今はそれどころじゃない。


余計なことは考えない、気にしない、とにかく早く外に連れて行かなければならない。

そう思って、側に駆け寄る。

ソル

……逃げるぞ

エルカ

逃げる? どこに? 逃げ場所なんてないよ

ソル

外に行くんだ!

エルカ

外は嫌だよ。
私ね、お爺様の大事な書庫を穢してしまったの。
私は自分が逃げる場所を穢してしまったから

ソル

何言っているんだよ……逃げるんだ

エルカ

どうして? 逃げるなら一人で行けば良いのに……

ソル

この状況を招いたのは俺だからだ。俺の所為でお前を困らせたくないんだ

エルカ

そうなの?

ソル

母さんたちを殺した……多分、火もつけたと思う。お前がいたのに

エルカ

ああ………知っていたよ。殴っているところ、あの二人を殴り殺しているところ……私、見ていたから……

ソル

………えっ

エルカ

知っているよ。だけどソルは悪くないってこと。他に選択肢がなかったのよね。だから二人を…………

ソル

お前……

ソル

行くぞ

エルカ

だから、私は……

ソル

行くんだよ………っ

エルカ

え?

悪いと思いつつも無理矢理、抱え上げる。



米俵を背負うみたいな形で不満だろうけれど、生きるか死ぬかの状況だから文句は聞けない。

ソル

ハァハァ

息苦しい、フラフラと歩く。
うまく前に進めない。

気が付けば前のめりに倒れていた。

ソル

??

話し終えたのと同時に、目の前に映る光景が一変した。

ソル

ここは………あの本を手に入れた部屋? さっきまで法廷にいたのに……

コレット

そうよ、ここで貴方とエルカは本を見つけた。
エルカは本を開いてその世界に飛び込んだ。
貴方は本の檻に取り込まれた。

ソル

場所が変わったことは気にするなってことか?

コレット

理解が早くて助かるわ。そうよ、魔法使いの気まぐれにいちいち気にしてはダメなのよ。

ソル

………事件についての話は終わりだ。この後、俺は病室で目覚めて貴方と出会った

コレット

あら、私とはここが初対面でしょ

ソル

………ああ、そういうことにしておくよ

コレット

話を聞かせてくれてありがとう。私が知りたいことは分かったから

ソル

これで、いいのかよ

コレット

さて、次に行きましょう

ソル

次? 今度は何だよ

コレット

言ったでしょ? エルカのところに連れていくって。この部屋に来たのは、その為よ

ソル

それは、この棺だろ?

コレット

そうだけど、あの子は本を開いてもっと奥に行ってしまった。
貴方もそっちに行って貰うわ。
これは貴方にしか出来ないことなのよ。

ソル

そっちって………え?

コレット

はいはい、体験してきなさいよ

コレットがどこからか取り出した魔法のステッキをクルッとまわした。

周囲が淡い光に包まれる。

ソル

体験って……?

コレット

分かっているでしょうけど、あの子が描いた物語のモデルはソルとの記憶と思い出なのよ

ソル

それは、気付いている………

コレット

ハッピーエンドではなかったはずよね

ソル

ああ

コレット

その結末を歪めることが出来るのは、ソルだけよ

 
ソルの身体は現れた闇の中に吸い込まれようとしていた。

pagetop