炎の中をひた走る。
炎の中をひた走る。
煙の向こうにぼんやりと人の姿が見えた。
探していた相手を見つけて安堵する。
同時に、違和感を抱いた。
彼女が居たのは、いつも居るはずの書庫の中ではなかったのだ。
その地下書庫に続く入口の扉の前。
………
扉に向けられたのは不敵な笑み。
ふいに視線が動いた。
ゆっくりと、こちらを見る。
……っ
………
視線と視線が絡み合う。
エルカは一瞬目を細めた。
持っていた鍵で地下書庫の鍵を閉めると、その鍵を炎の中に投げ捨てる。
どうしたの?
抑揚のない声に、ソルの意識はクリアになった。
何をしていた?
その問いが浮かび上がったが、今はそれどころじゃない。
余計なことは考えない、気にしない、とにかく早く外に連れて行かなければならない。
そう思って、側に駆け寄る。
……逃げるぞ
逃げる? どこに? 逃げ場所なんてないよ
外に行くんだ!
外は嫌だよ。
私ね、お爺様の大事な書庫を穢してしまったの。
私は自分が逃げる場所を穢してしまったから
何言っているんだよ……逃げるんだ
どうして? 逃げるなら一人で行けば良いのに……
この状況を招いたのは俺だからだ。俺の所為でお前を困らせたくないんだ
そうなの?
母さんたちを殺した……多分、火もつけたと思う。お前がいたのに
ああ………知っていたよ。殴っているところ、あの二人を殴り殺しているところ……私、見ていたから……
………えっ
知っているよ。だけどソルは悪くないってこと。他に選択肢がなかったのよね。だから二人を…………
お前……
行くぞ
だから、私は……
行くんだよ………っ
え?
悪いと思いつつも無理矢理、抱え上げる。
米俵を背負うみたいな形で不満だろうけれど、生きるか死ぬかの状況だから文句は聞けない。
ハァハァ
息苦しい、フラフラと歩く。
うまく前に進めない。
気が付けば前のめりに倒れていた。
??
話し終えたのと同時に、目の前に映る光景が一変した。
ここは………あの本を手に入れた部屋? さっきまで法廷にいたのに……
そうよ、ここで貴方とエルカは本を見つけた。
エルカは本を開いてその世界に飛び込んだ。
貴方は本の檻に取り込まれた。
場所が変わったことは気にするなってことか?
理解が早くて助かるわ。そうよ、魔法使いの気まぐれにいちいち気にしてはダメなのよ。
………事件についての話は終わりだ。この後、俺は病室で目覚めて貴方と出会った
あら、私とはここが初対面でしょ
………ああ、そういうことにしておくよ
話を聞かせてくれてありがとう。私が知りたいことは分かったから
これで、いいのかよ
さて、次に行きましょう
次? 今度は何だよ
言ったでしょ? エルカのところに連れていくって。この部屋に来たのは、その為よ
それは、この棺だろ?
そうだけど、あの子は本を開いてもっと奥に行ってしまった。
貴方もそっちに行って貰うわ。
これは貴方にしか出来ないことなのよ。
そっちって………え?
はいはい、体験してきなさいよ
コレットがどこからか取り出した魔法のステッキをクルッとまわした。
周囲が淡い光に包まれる。
体験って……?
分かっているでしょうけど、あの子が描いた物語のモデルはソルとの記憶と思い出なのよ
それは、気付いている………
ハッピーエンドではなかったはずよね
ああ
その結末を歪めることが出来るのは、ソルだけよ
ソルの身体は現れた闇の中に吸い込まれようとしていた。