大会三日目。




 これに勝てば、王都で開催される大会への出場権をかけた試合に挑める。





 尻に羽のついた小さな矢が七つ、齋へ向かって飛翔してくる。それを弾いて距離を詰める。そこで、大斧を持った敵の相方が立ち塞がった。





 刀弥が姿勢を低くし、敵の足元を崩すように滑り込んだ。慌てて、飛んでかわす大斧の敵。



 齋は、彼へ向かって跳躍する。髪と、セーラー服のスカートが翻った。








 空中で相対する。刀弥の着用している洋服よりも、しまりがない。




 敵は応戦するべく斧を振るう。しかし、その程度の攻撃は齋にとって攻撃ですらなかった。




 斧をソードブレイカーで受け止め捻る。そのたった一撃で、斧は破砕して二つに折れた。空中に浮いたまま紫色の光に包まれて、齋が着地すると同時に敵の姿は消えた。












 試合終了のベルが鳴り響く。

 二人は、静かに会場を降りていった。























 賢誠はなんだか奇妙な感覚で実況席に座っていた。




 先程から賢誠がウロチョロすると、どこへ行くのかと気にするのだ。それは凰三と清貞だけではなく、レイもである。


 しかも、持石からの魔力供給量が増えたようだった。



 契約している妖精は、魔力供給量が増えると本領を発揮しやすい体つきになるのだ。





 そういうことで、レイは……――。




コレから

現在、コレ






 に、大変身。





 それから、三文字幸乃の側には二人の奥様、そして織田信長の側に孝臣がいる光景。保安部隊の人も増えている。




 さっきから保安部隊の人が増えていることと、奥方や孝臣がどうしてあそこにいるのか、という疑問に凰三は『齋を嫁に出来ると思うなよ』と遠回しに訴える策だと答えた。



 分からなくもないが、手が込みすぎているように思える。








さっき、優勝組予想の賭けも展開してるだろ?

金をかけるだけあって、観客達が何をしでかすか分からねぇから、不審な動きがあれば、な







 賢誠は二人からただならぬ雰囲気を感じ取る。



 何となく嘘をついていると思った。言葉が固い感じがするのだ。本当のことならもう少し自然体で柔らかい口調にもなる。そんな些細な違いだ。




 賢誠は、実況席を降りる。





ボク、刀弥兄さんのところに行ってくる

おっと、ちょっと待て。
お前、あんまウロチョロするとこっちが探すのに苦労するから

大丈夫。

これからもう刀弥兄さんに試合は無いし、ずっと一緒にいる

賢誠。

保安部隊の人間と一緒にいなさい。

昨日の帰り、齋が賊に襲われた






 おい、と清貞が顔をしかめる。


 しかし凰三はその強面をしかめたまま、賢誠を見下ろす。




どこの手の内の者かは分からない。この大会の間は、単独行動を控えてもらいたい

だから、奥方は皇女様の側にいて、孝臣さんは織田さんのそばにいるんですか?

そうだ。お前も狙われるやもしれない。決して、一人では行動しないように








 はい、と答えておくものの、まだ何か引っ掛かる感じがした。



 賢誠は側にいた保安部隊の人間に連れられて、刀弥達がいるであろう控え室へ向かった。
























こうもお前が敵をアッサリ倒してしまうと、見せ場がないな

刀弥。さっきなんの合図も無しに滑り込んできただろう。あれには驚いた

お前なら俺が好き勝手やっても対応できるだろう








 刀弥がサラッと当然のように言った。




 苛立つほど清々しい。欠片も齋の実力を信じてやまない信頼とも言える。








 それにあの遠距離武器の距離を詰めるには最善だったはずだと言う。あの二人の連携は近距離を的確に援護する遠距離攻撃手の腕だ。大斧の腕が多少悪くとも援護が上手かった。互いに生まれる隙を埋めていたと思う、と刀弥は個人の見解を述べた。




 生徒用の控え室へ齋達は戻る。荷物を持っているわけではないので鍵だけが置いてある。鍵を先生に返却して、晴れて自由行動ができるのだ。まぁ齋は下手に自由行動はできないが。







 齋達が使用する部屋の前には保安部隊の人がドアの側に立っていた。もちろん、全部屋ではなく齋が使用する部屋にのみだ。教師陣とも話はつけてあり、見張りがこの控え室を歩いている状態でもある。



 その鍵の隣に、白い手紙が鎮座していた。
 試合へ向かうため、部屋を出た時にはなかったものだ。
 それは白い封筒に雪村齋へ、と書かれていた。
 何のことやら、と封を開ける。













俺の嫁へ


 お前と話したいことがある。

 試合が終わったら、会場の地下にある事務室まで一人で来い。



織田信長

 










だぁれが行くかぁあああああ!!








 雪村齋は、人具を出現させて呼び出し状を紙吹雪にしてやろうとしたその時、ぐい、と刀弥に腕を掴まれ、阻止される。




止めるな刀弥!
切り刻んでくれる!!

織田信長候の筆跡じゃない

はぁ!?

俺が一昨日、服に貰った筆跡とは明らかに違うと言っている








 それに齋はようやく我に帰った。




 そして、改めて文章を読み直す……――が、齋にはどこがどう違うのかさっぱり分からない。



 刀弥いわく、『俺の』と『織田信長』の書き方が全然違うとのことだ。もう少し聞くと刀弥が興奮したように嬉々として答えてきたので齋はげんなりしながら話を途中でぶった斬る。





つまり、織田信長を装って私を呼びつけた、と?

そういうことになる







 齋は目を細めた。



 敵が早速、誘い出しに来たのだ。





ならば、やっぱり切り刻んでも良いじゃないか

一応、阿呆な賊がいると報告だな……ーー

刀弥兄さん!








 ぱかっと扉を開けて入ってきたのは賢誠だ。




 他の試合が始まっているのに実況席を離れていることに、二人は少なからず驚いた。




 そして、驚いている二人を見て、賢誠は手紙の内容を見るなり目を瞬かせる。







織田さんとお話してくるんですか?

いや、口を聞いてやる義理すらない







 すると、賢誠は小首を傾げて、手紙を一瞥したあと、外の保安部隊の人間に声をかける。





この手紙、誰が持ってきたんですか?

いや、ここには誰も近づいていない

やっぱり、どこかの阿呆からの手紙か……――

保安部隊のお兄さん、この人、怪しい人です。捕まえてください








 とたん、賢誠が一緒に来た保安部隊の人間に向かって、扉の前に立っていた男へ指差した。



 は? と目を瞬かせる状況で、賢誠は部屋に入り込んでドアを閉め。







誰も近づいてないのに手紙があるってどう言うことですか?

あなたがその手紙を置いたんじゃありませんか?

せめて、誰かが雪村さんに用事があって手紙を置いていったと言わないと不自然です。

そうじゃなければ、透明人間が壁を透かして手紙を置いていったことになります。

そんな非現実があるかと言えば、否ですよね?







 その通りだ、と齋もようやく気づいた。





 根本的な問題だ。



 この扉を開けなければ、手紙は置けないのだ。呼び出しの手紙が置けないのである。扉を開けないで、いったい、どうやって置いたというのだ。




 扉の外で『本当だ! 誰も来ていない!』という声が、遠ざかっていく。



 たった数秒でちょっとした違和感に気づく推理力に齋は驚く。




 つい今まで、齋はそんなこと考えもしなかったのだ。





齋さんはモテモテですね。織田信長さんからも、織田さんの敵対者さんからも

誉めてないよな!? 嬉しくないぞ?!

我が弟ながら、関心するな……

全くだ。お陰で、連れ出しやすくなった







 頭の上から降ってきた男の声に全員が弾かれたように顔をあげた。




 しかし、天井には何もない……――何だったのか、と疑念を抱いた途端。














 齋の足元が無くなった。



 足元に紫色に縁取られた穴が開き、齋の体がずんっと下へ引っ張られた。





齋さん!?










 弟が数瞬だけ早く動いて、穴へ落ちた齋の手を握る。


 当然、子供が齋を持ち上げられるような怪力を持ち合わせているわけもない。必然的に、齋が引きずり込む形で賢誠を連行してしまった。






 不思議なことに、落下するように落ちたはずなのに齋は横転した状態で横たわっていた。


 体を起こすと、そこは薄暗い檻の中。









なんっ……ーー

オマケもついてきたが、織田を釣る海老は準備した







 鉄格子の向こうで頭から布を被っている男は、その布を取った。齋は見たことがない男だ。だが、気配で卓越した魔術師であることは分かった。




 そして、今の奇怪な現象。控え室から檻の中。答えは、たった一つ。








空間操作師……ーー

うえぇええぇええ!?

日向の和泉村長!? なんでここに!?








 賢誠が驚いたように鉄格子に掴みかかった。



 少し老いている男は、ふん、と鼻を鳴らして背を向けた。






村長などと呼ぶな。あんな貧村で長などやっていられるか

だったら税率下げてくださいよ

ふん、下級生物め。努力が足りんのだ。金ぐらい自分で稼げ

そんな簡単に言わないでください。金をむしり取ってるくせに







 ぶぅーっと頬を膨らませる賢誠。



 それに和泉はなんら感情も見せずに、賢誠をただ蔑む。




貴様らが時間で金を稼ごうとするからだ。頭が悪くとも仕組みで稼げ。

それができんなら諦めろ。

少なくとも、この武術大会で行ってる仕組みは良い稼ぎ方だ。ショバ代にチケット代の差別化、それに賭博。だが、欠点がるとすれば試合観戦をしない客を逃がしている点だ。

奴等からも入場料をせしめていれば合格点だ

それは思い付かなかった……!

お前、緊張感がないな







 ぐぬぬ、と何だか悔しそうにしている刀弥の弟を呆れながら見下ろす。




 小さいうちからこれだけの商才を発揮していれば、将来は貴族として商売人になるのも夢ではなさそうだ。まず、洋服を作らせれば成功するのは間違いない。






和泉村長! 何でこんなことするんですか!?

どいつもこいつも無能だからだ。

あの阿呆共め、織田信長を指定した場所へ呼び出すのに手紙で事足りるとか思っている。あの男が時間指定通りに来ると?

奴なら手紙の場所へ行く前に直接本人の元へ堂々と会いに行くに決まっているだろう

あぁ……――分かります。

織田さんは直で来る人ですよね。
ついでに言うと、時間も無視して飛んでくるでしょうね

小僧の言う通りだ。全く、阿呆ばかりでやってられん







 和泉は踵を返して、この空間のドアを開けて出ていってしまった。




 齋は眼前を睨み付けて、唇を噛む。まさか、懸念していたことが現実になってしまうとは。しかも、刀弥が住んでいる村長は空間を操る稀少な魔術師。





 なるほど、と齋は自分の考えの浅はかさに歯を食い縛る。


 あの男が家にいても何ら取り乱さなかったのは、こんなに優秀な共犯者がいたからか。齋など、いつでも拐えた。




 しかし、それでは三文字幸乃の行動が理解できない。織田信長を狙っている男に共犯がいるなら教えてくれたのではないのだろうか……ーー。





 何にせよ、父達が心配するような罠にかかってしまった。









 こんなにも清貞は人員を配置してくれたのに。
 それが、齋にとって何よりも悔しかった。

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