皇女をまずは誘拐するということか








 和泉は打ち合わせで、当初、三文字幸乃を指定した別の建物に移動させろと命を受けたが、空間魔術はそんなに簡単ではない。


 空間と空間を繋ぐには和泉が場所ーー座標を認識していないといけない。

 町中の地図の緯度と経度、それに加えて和泉のいる位置からどれだけの距離か、などを熟知していなければいけない。


 日向であればそれはできたが、場所が違えば勝手が違ってくる。和泉の認識できていない場所に移動させることはできないのだ。





 そこで急遽、大会の地下室にある今は使われていない物置に幽閉し、そのあと織田信長もそこへ連れていけ、ということになった。






しくじらないように頼みますよ

私の懸念はただ一つ。あなた方が皇女暗殺をしくじっていないことだけですよ







 皇女を亡き者にし、そこへ織田信長を移動させる。その直後に晴渡国の軍人が入り込めば現行犯、という筋書きだ。和泉の仕事は移動させることぐらい。




 難ということはない。造作もない。



 皇女暗殺の計画は、場所を変えても着実に進んでいた。

































俺に殺しの依頼をしたのはソチラのはずだ。俺のやり方でやらせてもらう

良いから指示に従え









 名無権兵衛もとい、ルームフェルはただ無表情に忍の言葉を聞いてもなお、表情は崩さない。




 『雪村齋へ』と書かれた手紙を押し付けられが受け取たなかった。それどころか忍の腕を取っ捕まえて腹へ膝蹴りを見舞うと、その首をしめて息の根を止めてしまった。もう数人が挑むが、難なく返り討ちにしてしまう。



 胸へ一発打ち込めば、たったそれだけで忍が鮮血を吹いて横転した。







依頼主に伝えろ。殺しを知らないお前の策は引っかかっても成功しない。大人しく報告を待っていろ








 ルームフェルが数歩下がると、忍達は目を鋭く細め、息絶えた仲間の亡骸を背負って建物の影へと消えた。



 造作もなく、何事もなかったことのように、彼はしばらくそこに立ち尽くしていたが、踵を返す。落ちた雪村齋宛の手紙を踏みつけて、その場を後にする。























……

朝顔

……








 朝顔は、その後ろにただついていく。




 ルームフェルの目的は織田信長。齋を使って誘きだそうと企んだ依頼主が忍を使いに出したが返り討ち。


 そうなると――そこまで考えて、朝顔は疲れたように溜め息を溢した。







 刀弥と齋、それから父である凰三と、清貞に伝えておく必要がある。おそらく、あの忍はまだ齋を餌に織田を呼び出す策を諦めてはいない。


 このまま織田を呼び出し、一緒にルームフェルも始末してしまおうとするだろう。







 厄介なことになった。





 皇女直々の命令とはいえルームフェルを家に置いておかなければならない。となれば忍達もこの家の住人について調べているはず。雪村齋を呼び出す策など、いくらでも用意できるのだ。






 朝顔は念じて、持石とコンタクトを取る。




朝顔

不味いことになった










 話を聞いた、持石の声が朝顔の頭に響く。








分かったよ。レイに賢誠がバカなことしないように見張りを強化する。

きっと何かあれば、あの子供は首を突っ込むから

朝顔

随分、心配してるんだな

し、心配なんかしてないよ。

あの子供が怪我なんかしたら君達が勝手に悲しむでしょ。

僕は悲しくなんかならないけど、レイも朝顔も気に入ってるじゃない。

主人として、そういうのは見逃せないだけ








 ふん、と分かりやすい嘘を吐く持石。



 普段であれば、おくびにも出さない嘘吐き(ライアー)がバカみたいに取り乱している。それが面白くて笑っていると、持石から笑うなと喝が飛んできた。





 波乱に満ちた大会三日目は朝を迎えた。


























 朝顔が、凰三達に昨夜の件を報告中のこと……――。






 賢誠は現在、孝臣と共に外の植物に水やりを手伝っている。そこに、ルームフェルも同行しているため、丁度よく作戦会議へ持ち込めたのだ。





 自分の話を信用するか心配する必要はなかった。二人も彼の血生臭さに気づいて警戒はしており、彼が来た当日すでに齋から詳しく聞き出していた。




 凰三がニンジンを残らず平らげた後に話した、と暴露する清貞の頬へ凰三の一撃が飛ぶ。慣れたやり取りのようで、清貞は軽く受け止めた。

 ルームフェルが危険人物であることを知らなかったのは刀弥だけだった。それを裏付けるように齋も三文字幸乃がそれを分かってて藤堂家に置くよう言ったことも告白する。






 刀弥だけがただ唖然とする状況になった。




 何で早く教えてくれなかったのか、それに賢誠がメチャクチャなついているのを心配する刀弥に取り乱さないように嗜める。





清貞。日輪の部隊を一部をもう少し動かせないか。

皇女護衛の強化を図るという名目だ。

春子と美佐子さんは皇女の侍女として配置させるように手筈を整えられれば一番良い。

孝臣は織田信長候の側に緊急時の医者として待機させよう。
実況をやっているお前の息子で医者をやっているとなれば余計な警戒もしないだろうし、朝顔殿が見たことを言伝てさせられる。

側に置いてくれるはずだ

アイツに懐いてる賢誠は俺らがお守りだな

齋。お前の側にも何人か警護をつける

わ、私は私の身ぐらい、自分で守れます!







 齋はそう訴えるが父としては心許ない。刀弥が側にいるとはいえ、敵も何をしてくるかは分からない。そうなれば、確実に齋を狙ってくるだろうと凰三は断言した。





お、織田候のあれは冗談です! 本気になさらずとも……――

織田が嫁候補にお前を選んだという宣言。私は本気だと思っている






 凰三がそう宣言するには理由がある。


 彼はまだ、嫁をめとっていないのだ。彼は嫁を選ぶ時に必ず自分の側は危ないと遠回しに相手を脅す。相手が一瞬でも怯えた様子を見せれば即座に申し入れは断る。そうでなければしばらく共に置くがすぐに追い出す。





 理由は、一緒にいても楽しくない。





 だから雪村齋に嫁になれと宣言したことは驚くべきことなのだ。例えカメラが回っていることを知らなかったとしても。はっきり言えば、そこら辺の平民なんぞより女と遊ぶ時間はない。





 織田信長は、冗談で嫁に来いなどは言わない。





 傲慢で容赦はない、冷酷でもあるが仲間には篤い人情持ちだ。女で遊ぶ発言をしている暇があったら天下統一のための一手を打っているだろう。






 つまり、齋はあの日の夜に織田信長の仕掛けた脅しを難なくクリアしていたのだ。もちろん、嫁になるつもりはないと棄却。



 だが、気に入られてしまったのだ。




 だから、織田信長も雪村齋が拐かされたとなれば救出へ向かう可能性は十分にある。






私の娘に目をつけるぐらいに『見る目』があるということだ






 それを聞くと齋は恥ずかしそうに耳まで真っ赤になった。



 まぁつまり、と清貞は齋の肩をポンポンと叩いた。






父ちゃんだから、可愛い娘を早くに嫁へ渡したくないってことさ

気が早すぎます!

織田が本気で来た場合は父として奴を斬ると心得よ、齋。

織田なんぞに、お前は渡さん







 父から賜った言葉が嬉しい反面、猛烈に込み上げてくる恥ずかしさに齋はうずくまった。




 何で私なんだ、と呟かずにはいられなかった。





















植物育てるの好きなんですか?

あぁ。気が向くと、土を弄っているな






 孝臣はすこぶる調子が良いな、と心にも思っていないことを考えながら、まだまだ成長途中の子供型人体骨格に笑いかける。



 今日の透視の具合が好調すぎて骨しか見えないぐらいになっている。







 ここは庭の一角に設けてある、家庭菜園だ。孝臣の趣味で様々な植物を育てている。



 植物達は病気にかかっていない。緑の葉に張り巡らされている葉脈に、生き生きと水分が行き渡っている。ただ、栄養不足でちょっと不満そうだ。新しく肥料をあげないといけない、と孝臣は思う。





トマトは育ててないんですね

やめてくれ。それを言われるのが一番嫌なんだ

何でですか?

トマト、おいしいじゃないですか。ねぇ、ルームフェルさん

そうだな

子供だろうと怒るぞ

何でですか?

この辺りで一番おいしいトマトを作れば、売れるじゃないですか!







 五歳児でありながら、その商売魂を孝臣は溜め息混じりに笑った。



 今の火野武術大会の賑わいの発案者は賢誠だと聞いている。その実行は、殆ど日輪の保安部隊がやっているらしいが。




 孝臣は雪村の兄の試合を見に行ったことがあるが、ここまでお祭り騒ぎをしていたことはなかった。せいぜい観客で賑わうぐらいで、試合を見に来たわけでもない一般客も来訪するなんてことはない。



 ショバ代を巻き上げる、織田信長と三文字幸乃の周囲の席だけ高めのチケットを売る……ーーそれに、昨日、一番驚いたのは大会の番狂わせを引き起こすほどの武器に関する知識。






 昨日の番狂わせは賢誠の武器に関する知識があったからこそだと、戦闘に関しては口煩い筋肉バカである清貞も大絶賛だったのだ。



 それはアメノミナカヌシノカミという神様から聞いて知っていた、とのこと。


 放送を聞いたとき、賢誠が詳しく語っている様を聞いて感心した。その年でも武器屋で働けそうだと思う。






 家は貧乏らしいが賢誠がいれば近いうちに赤石家は普通に暮らせるようになると思う。



 賢誠はそうだ! と孝臣の服を引っ張った。





ボク、家でお野菜育てたいです! 何が必要ですかね!? 育てられれば、ちょっとは食費が浮きますよね?

お前は本当に、たくましいな

それで、おいしいトマトを育てて孝臣さんにお裾わけします

嫌がらせか

たしか、トマトは肥料を与えて枯れない程度の水分を与えるととーっても甘くなるって聞いたんです! それが売れるかもしれません!

……そう、なのか?

あとですね、土にお塩を混ぜることでミネラルが補給されるそうです

……お前、何でも知ってるな

知ってることしか知らないですよ……ーーあ、そうだ孝臣さん!








 賢誠はホースの先についたシャワーの引き金を引っ張って、植物達ではなく雑草へ向けて水をザバザバかける。




 そうして子供らしい自由な発想で迫った。






このシャワーから出てくるお水でトマト作れませんか!?

シャワーを発射すると、ポコポコポコってトマトが出てきて!

それが敵にぶつかってベチャッと!

さすがに無理だ

本当に、好き勝手想像してるな








 ルームフェルが呆れているのか感心しているのか、分からないような口調で言った。



 賢誠は、それでも楽しそうに笑ってこう言った。





だって、孝臣さんの魂から出てくる『トマト』ですよ? それは『魔法のトマト』なんです。『魔法のトマト』で何ができるか分からないじゃないですか?

トマトはトマトだろ

違いますよ!

一昨日も言いましたけど、トマトの形をしてるだけで、孝臣さんの『魂』です!

『ただのトマト』なんかじゃない。孝臣さんの『魂そのもの』なんです!









 賢誠は水まきが楽しくなったのか、シャワーを噴射させながらクルクルと回り始める。





人の魂から出てくるモノが『ただそれだけの存在』だなんて思えないんですよ!

それはもう、ただ産み出せるだけで『魔法の道具』なんです!

昨日、フランキスカを見て思ったんです! 武器であれだけできるんですから、きっとトマトや片眼鏡だって、他にも何かできるはずですよ!







 そんな自由人・賢誠は、シャワーを見下ろして何度か目を瞬かせると、良いことを思い付いたようにシャワーをが孝臣へ向けた。




さぁ、孝臣さん! これからシャワーのお水をトマトにしないとお水でベチャベチャになりますよ!!

おい、人に向けて遊ぶなーーて、おい!







 本気でシャワーの水を吹っ掛けてきた賢誠が楽しそうに孝臣を追いかけてくる。ホースは長い。しかも、賢誠の後ろの方にあるので踏んで水を止めることもできない。


 このままでは服が濡れて着替えるはめになる。





 踏んでは、止められない。





 孝臣は逃げながら、くるりと踵を返して、ふと思い付いたことを実行に移した。



 意識をゴムホースの内部へ集中させる。細長いゴム筒の中で青白い球体が発光し、プックリとゴムホースの中で瞬時に膨らんだ。その球体が、発生して水の流れを塞き止めてしまった。





 バツン! と蛇口に嵌まっていたゴムホースの方が水圧に堪えきれずぶつん、と抜けてしまう。





 賢誠はわぁ! と面白そうにゴムホースにトマトが入って膨らんでしまっている部分をつつく。




 トマト入ってるー! と面白がってる賢誠の声を聞きながら、孝臣の中で確かな閃きが黒い光を帯びて輝いた。




 面白そうに、血液がめぐっている子供の人体模型がその膨らみをつついている様を見て、確かにどす黒く。




? どうかしたんですか? 孝臣さん?








 我に返り、孝臣は誤魔化すように笑った。




 自分でも、きっと誤魔化しきれるような笑みではないだろうと気づいていながらも、孝臣は笑ってごまかすしか出来なかった。





 そうして、思う。






 自分が死ぬほど嫌うこの透視能力は、この使い方をするために備わって生まれてきたんじゃないか、と。





 ホースの中で元の水に戻ってしまった人具。


 賢誠が両手をあげて楽しそうに、表情筋を笑わせている。






ありがとう、賢誠

? 何がですか?

人具のことだ。どんな使い方ができるのか、色々考えてくれたことだ――……ありがとう



























 化け物は思う。
 上手く、笑えているだろうか。

 人間という枠組みの中で、人間の皮を被っているだけの生き物は、人間らしく生きているだろうか。



 昔はこの力を忌み嫌って武人を目指したこともあった。
 だけれど、この人具では無理だとすぐに分かって諦めた。

 だから、この力を最大限に利用できる道へ進んだ。

 進んだその先に、答えがあったのだ。



















出来るだけ織田信長を警護してる保安部隊の側にいろ。良いな?

……何で、今まで黙ってた?

本当ならずっと黙っておきたいところだった。精神鍛練ができてなければ感付かれるからな

……そうか






 化け物は呟く。



 生きる人体骨格の、父に。




なぁ、父さん

なんだ? もう緊張してんのか?








 父は、笑っているだろう。


 だから、化け物も笑う。





もし、織田信長がこの国で心臓麻痺とかで病死したら晴渡国は責任を問われるだろうか

そりゃあ、問われるわけねぇだろ。

病気をこっちで操作できるわけがねぇ。

そんな魔法があるってんなら、即刻使用禁止を言い渡されるだろうし、出来るってんなら魔術師として凄腕だわな






 それがどうした、と首を傾げる父。



 藤堂孝臣という存在として生まれてきた化け物は首を左右に振った。






 何でもないよ、と。


 またいつものように。







 人間らしく、振る舞うために。



pagetop