大会二日目。



 大会のチケットは、昨日のうちに完売するという異例の事態に陥り、満員御礼の状態だった。
 その中でも別料金で織田信長が座るという観客席の周囲は鬼の形相のごとき押し寄せた大衆達に売れた。



 織田信長の周囲は急遽、特殊な結界を張り巡らし、防御壁が常に展開される状況になった。また、武器を携帯するのも禁止という措置もとられる。







 翌日は三文字幸乃も観客席へやって来ると言うことで、チケットは飛ぶように売れたのだった。



 一日目の大会が終了すると共に、日輪一帯の食堂屋などに屋台を出さないかというお触れが出回った。
 学校の軽食以外に屋台が三つ増えていた。試合が始まる前から長蛇の列。


 屋台のオヤジ様からの怒号が飛び交うぐらいに忙しそうだった。準備に時間がかかるため、三日目から本格的に屋台が入ってくる。




 そして賢誠はというと試合が一番間近で見られる最前席を急遽、実況席という形に作り替えた場所で巨漢に挟まれていた。





晴渡国国王軍・火野保安部隊隊長
『雪村凰三』

晴渡国国王軍・日輪保安部隊一番隊副隊長

『藤堂清貞』






 学校の教師達から設けてもらった実況席で、賢誠は雪村齋という人間の存在に恐怖した。





 保安部隊とは、国王軍から選出されている軍人と魔術師で構成されている警察のような組織だ。犯罪者の取り締まりだけでなく住民から依頼があれば、別途料金が発生する物の化け物退治もやっている。




 そのお偉方の父を持ち、さらにはご友人も同じぐらいの実力者。雪村齋が弱いわけがないのである。








あぁ、そこ! 止まってんじゃねぇ、切り込めって!





 そして、実況席では清貞がこんな調子でやってくれている。賢誠が昨夜懸念した通り、実況というよりは戦術指南……ーー戦っている生徒には聞こえないが。



 試合を睨み付けている凰三が黙りこくっているので、賢誠がフォローに回る。





今のは、どういう風に動くと良かったんですか?

あぁ、今のな。相手は大振りだから次の攻撃する時に隙が出る。そこでチンタラなんかしてたら攻撃当てられな……ーーおっと! 良い動きするじゃねぇか、あの曲がった武器持ってる奴

あぁ、ルニーですねぇ

るにぃ?

るにぃ?







 両サイドの巨漢が目を瞬かせる。



 先の三分の一が大きく折れ曲がっているブーメランだ。全長はおよそ六〇~七〇と長い。




 しかし、そう説明しても二人はなんのことやらと目を瞬かせた。






異国で使われていた武器なのか?







 かろうじて、凰三が口を開く。




 ルニーは島の外の国にあるアフリカ大陸で狩りに使われていたブーメランだ。投げることで空はカラスから、ハイエナまで警戒心の強い動物を仕留められたと言われている投擲武器なのである。




 しかし、賢誠は試合を眺めながら眉間にシワを寄せた。 







でも、あれを投げないで戦ってるけど使いにくくないのかな?









 そう。ルニーを扱っている少年はさっきから棍棒のように殴って使っているのだ。確かに棍棒として使っても問題はないだろうが、投げて使うのも一つの手段だ。




 清貞と賢誠は首を傾げて、それから無表情で腕を組んでいる凰三へと視線を当て付けた。







そこんとこ、どーぉなんですかねぇ?
雪村火野保安部隊隊長殿!

貴様、ここぞとばかりに

いやぁ、さっきから喋ってないじゃないですか? 昔のよしみでちょっとは見せ場を作ってやろうと思ってだなぁ

武器は本来の使い方をしてこそ真の実力を発揮する。

それはどんな武器に例外もない。奥の手として封じているのは良いが、出し惜しみして大敗を喫するようではいかんな







 ずばっと試合中の生徒を切り殺さんばかりの発言。しかもお顔がかなり怖い様子からして思い付いたことをぱっと口にした風だった。




 彼の言う通りとも言えるのか、案の定、ルニーをブーメランとして使わなかったチームは敗北という形で闘技場を降りていった。





お前、本当によく色々知っているのぉ







 実況席で賢誠の側にいる緑の幼女……ーーマンドレイクの妖精であるレイは嗄れた老婆の声で語りかけた。レイは賢誠以外には見えていないみたいなので声をかけてはいないが、凰三の頭の上に乗り、髪を弄って遊んでいた。




 凰三はそれが気になっているのか、何度か振り向いて小首を傾げている。彼が黙っている理由の一つは、レイが先程からちょっかいかけているからだった。






あまり知識をつまびらかにしない方が良いぞ?

その叡知に人間は恐怖し、知ろうともしないで、排除しようとする。お前も、ミルのようになりたくなかったら、黙っていなさい。沈黙は金とも言うからな








 レイは、賢誠にそう言って、再び凰三の髪をいじくり回す。



 また、凰三は眉間にシワを寄せて辺りをキョロキョロした。


 さっきから凰三はレイに頭をいじられたりしているのだが、姿が見えていないせいで先程からキョロキョロと辺りをうかがっている。



 そんな和気藹々とした休憩中へ……――。



あ、あの!






 そう声をかけてきたのは、火野武術学校の生徒だった。

 胸元に学校の紋章の入ったバッチをつけている。そして、彼らの胸元にはそれぞれ『藤井』『青木』と名が記されていた。


 彼らは意を決したように、賢誠達へ向かって勢いよく頭を下げた。



お二人にお願いがあります! 僕達の人具を見てくれませんか!?

人具を見てほしい?







 緊張した面持ちで、二人は次の次の試合……――三試合目で、前回の優勝組と戦う組み合わせになった。



 お家のためにも自分のためにも恥ずかしい戦いは見せられない。それに、負けたくない……――そんな緊張状態の中、賢誠達の実況で凰三が言った台詞に衝撃を受けた。















武器は
本来の使い方をしてこそ
真の実力を発揮する


それはどんな武器に
例外はない












 ついさっき苦し紛れに吐き出した凰三の台詞だったが、それが少年達の心に響いたらしい。それに実況というよりは先程より戦い方の指南とも言える放送だ。





 少年達はこの恐ろしく位の高い二人に、助言を願えると思ってきたのだった。





 人具を見せてみなさい、と言ったのは凰三。



 二人は嬉しそうに、それぞれ掌に魔力を集めると人具を出現させる。





 赤い魔力が弾けた方が、片手で握りやすい細身の斧。もう一つは、先端が兎の耳のように金属だ。かけた輪の両端にはバネ式の『かえし』がついている。その輪の中には刺が生えている。






……どう見ても、斧と謎の武器だな

 


清貞さん。
適当なこと言わないでください。

フランキスカとマン・キャッチャーです






 くるり、と全員が賢誠の方を振り向いた。



 なんでこっちを向いた……――と言いたいところだが、凰三の顔に『詳しい説明を要求する』と、言わんばかりの怖い顔で書いてあるので賢誠はビビリながら説明する。







こちらの斧ですね。これはどちらかというと投擲に適した斧なんですよ。

フランキスカは円を描いて投げることで十五メートルぐらい飛び、地面にバウンドすると予想外の方向へ跳ねるので投擲の方が恐ろしいんですね。

それで、そっちの謎の武器なんですけど、それは元々、牢獄で囚人を捕縛するときに使われたものなんです。

首を狙って突きこむと、その『かえし』に引っ掛かって首が抜けなくなります。暴れれば暴れるほどその輪の中にある針に首が傷つけられて戦意を喪失させるんです。

とくに暴れた囚人に使われたみたいですよ?






 沈黙だった。



 こっちをみて、なんのことやら、と生徒達は目を瞬かせている。



 意味の分からないことを言われたと思ったのだろう。





で、ですから、お二人で敵に挑むなら、まず戦術的にフランンキスカを敵の足元でバウンドさせて敵を怯ませます。

そのうち片方をマン・キャッチャーで押さえつけて一人を完全に押さえこんではいかがでしょうか? たぶん、もがくでしょうからじわじわぁっとポイントは削れると思うし、何よりフランキスカは投擲向きですから、遠距離攻撃の武器と同じく何本か同時に出せるはずです。戦術の方は、お二人にお任せします






 すると、少年達は顔を見合わせる。



 フランキスカを出していた少年……――藤井がもう片手に魔力を集中させると真っ赤な光が掌に集束してフランキスカを産み出した。




 おぉ! と、マン・キャッチャーの少年……――青木は驚く。





お前、二つも出んじゃねぇか! なんで今まで出さなかったんだよ!

し、知らなかったんだ!

そもそも、僕の人具を投擲武器だなんて先生達は一言も言ってなかっただろ!

それは先生の知識不足ですね。藤井さんは悪くないと思います








 賢誠がそういうと、二人は『よし!』と意気込み、先程より元気よく礼を述べて実況席をあとにした。








お前、よく知ってんな。武器屋でもやってんのか?

いえ。これは神様に教えてもらったんです

神様ぁ?

天之御中主神です







 聞いたことねぇなぁ、と清貞は頭の後ろで手を組んだ。



 まぁ、聞いたことがなないのは仕方ない。何しろ、文献に一回ぐらいしかその名前が出たことないし、神としてここに存在していない、と彼自身も言っていた。





 それは、どういうことなのだろうか。




 一年前の話だったが、詳しく聞いていなかった。


 どうして現存していない神が、賢誠の前にだけ見えるのか。たしか、知ってるのか、という風に驚いていた。





神のことは神の方が詳しい。神有国を守護しておられる天照大神様なら知ってるかもしれぬ

? この島を守る主神じゃなくて?

しゅしん……?







 武人だからそういうオカルティックな内容には疎いうのかもしれない。




 賢誠は、なんでもないと呟いて、次の試合の実況へ。



 そして、時は進み、藤井と青木の出番がやって来る……――。























 二人の対戦相手は、前回大会の優勝チーム。




 前回大会の優勝者とあって、凰三はこの二人の戦いは連携が上手い、とのこと。





 凰三がようやく実況に慣れてきた、二日目の三試合目が始まる。






 前回大会の覇者は同時に藤井と青木へ突っ込んできた。動きも素早く、瞬く間に距離を詰めていく。




 そこへ藤井が二刀流でフランキスカを出現させると、それを投げる。賢誠が先程やったアドバイス通りだ。斧は二人の足元にそれぞれ狙って落ちた。戦い慣れしている彼らは難なくかわし、フランキスカが地面に着弾。





 そのフランキスカが、飛んでかわした二人のうち一人の背へ襲いかかるようにバウンドした。その少年はフランキスカを弾いて攻撃を凌ぐ。しかし、賢誠達は先程、もう一人の相手を狙って放たれていたもう一つのフランキスカに唖然としていた。






おいおい、あのフランキスカって武器、やばすぎだろ!? どんだけ跳ね回るんだ!?









 そう、もう一つのフランキスカは地面に着弾したあと、壁まで飛んで、その壁にぶつかるとまたバウンドしたのである。まるで好き勝手飛び回るように壁へ着弾してはその早さを増した。そして、先程からフランキスカに狙われている少年の脳天目掛けて落ちていく。





 慌てたように転がってかわす少年。




あっぶねぇ何だ、あの斧……――

!?

……!





 なんとかかわすのに間に合ったが、その背後から首を突くようにしてマン・キャッチャーが彼を拘束した。



 うつ伏せに倒れるような状態で少年は青木を睨みあげた。







なるほど。あれがフランキスカの使い方、というわけか








 凰三がこっち向いた。



 なんでこっち向いた?



 賢誠は凰三を見上げる。





 普通のフランキスカはゴムボールみたいにバコンバコン飛び回る武器じゃない。せいぜい予期せぬ方向にバウンドし、それで盾を掻い潜って敵を攻撃したり、予想外のダメージを与えるだけだ。





 あんなビュンビュン跳ねて飛び回る斧だったのならば恐ろしくて敵に持ってもらいたくない。



 賢誠は、予想よりちょっと跳ねますね、と言葉を残して試合を見下ろす。








 マン・キャッチャーで抑えられている少年のポイントが、ガリガリ削られていた。暴れているからなのだが、青木少年は取り押さえながら彼の攻撃を避け、ついに隙を見つけて武器を握っている利き手を踏みつけた。




 捕縛対象を完全制圧だ。





 残っているのはもう一人だがーーこのあと、まだまだ賢誠達の口が空いて塞がらない事態へと発展する。





 藤井が両掌を向けると、フランキスカが五つに増えたのだ。




 それが闘技場の壁や天井で跳ね返り、乱反射しながらもう一人を潰しにかかっていた。








え。何それ、フランキスカ出過ぎ

いやぁ……あれは俺達でもかわすの苦労すんぞ?

質量が質量なだけに受け止めるのも難儀だ。

先程から着弾する度に速度が増している。

どうにか受け流すしかないな――

おい。藤井の奴、まだ出せんのかよ。

六本目だぞ?







 藤井は乱反射させている最中に、もう一本、フランキスカを手元に出現させた。




 防御に専念するしかない敵へ、両手に握った彼の魂たる斧で切り込む。彼の瞳に宿る信念が、敵の肩口から容赦なく袈裟斬り。削られていたポイントが底をつき、紫色の光となって姿を消した。





 拘束され、動けないもう一人の少年へ。



 藤井はもはや凶悪な凶器でしかないフランキスカを握って歩み寄る。マン・キャッチャーで抑えつけられ、動けない少年を克ち割るように叩き落とす。




 紫色の光が弾けて、試合は終了した。






















・・・やっべー。ビックリして実況してなかったんだけど

うむ。あのフランキスカの使い方、見事であった。

まさか六本も出るとはさすがに敵も思わなかっただろう。

それに良い連携だ。一人を抑えることでもう一人を倒すことに専念できる。

青木もチャンスを逃さず物にした動き、天晴れだ

あ、あの二人を相手にしたら怖いですねぇ……お二人なら、どう対処します?






 賢誠は兄のためにちょっと聞いてみた。




 この先、刀弥と対戦することになった時のために聞いておかねばいけない。なにせ、あれは賢誠が武器の特徴を教えたが故の番狂わせだ。








 二人なりの見解を聞いて、とりあえず、兄には参考にしておいてくれ、と心の中で願った。そう思っているのを察知したのか、レイはクツクツと笑って賢誠の背におんぶ。







ほぉうれ、見ろ。お前の兄がピンチになったのではないか?

……だって、凰三さんが……

私が、どうした?







 何でもないです、と賢誠は答えて、あっちを向いた。



 前回大会の優勝者が初戦で大敗を喫した……ーーだが、まだまだ終わらない。




 火野武術大会は、さらなる熱を帯びて加速していく。






お忙しいところ、申し訳有りません!








 再び、実況席へ二人の少年達がやって来た。




 彼らも頭を下げて、人具を見てほしいと願い出たのだ。







 先程のように凰三が了承し、結局、賢誠が武器の特性を伝える形になる。





 今回は、片方の少年だけで、特殊な形状をした『トゥルス』という武器を出す。これも投げナイフで投擲用。アラビア語で『三』という意味のそのナイフは、柄に三方向へ伸びた刃がついていて、どれかが必ず当たる仕組みになっている。彼も、今まで切るように使っていたらしい。投擲用とあって、彼は三本出せた。






 人具の使い方を知った少年は、賢誠達に頭を下げて実況席から離れていく。



 ふむ、と凰三は賢誠を見下ろした。








賢誠。

お前は本当に武器に詳しいな。さっきのフランキスカやマン・キャッチャー、今のトゥルス然り……――齋のソードブレイカー然り。

名前だけでなく、その武器の形状の理由や特徴まで熟知しているとは恐れ入る

そうですか? 知っていることしか知りませんが、逆に武器のことに詳しくなくて武人として大丈夫なんですか?






 賢誠には素朴な疑問だ。





 だって、さっきから二人共、武人のはずなのに武器に対してあまりにも知識が無さすぎる。特に外国の武器だからなのか全然知らない風だ。






 だからといって、賢誠は元より人より知識の幅は広い。それは単純に前世での将来の夢がライトノベル作家になりたいからで、武器の知識は知っておいたらストーリーに使えそう、という理由で覚えていただけだ。






 凰三と清貞は互いに顔を見合わせた。



 沈黙の後、凰三は賢誠、と険しく顔にシワを彫り込む。






今度、そのアメノミナカヌシノカミ様に、私の部下の人具を見てもらえないだろうか。


先が細く、攻撃されると曲がってしまう槍を持っている人具の人間がいるのだ

実物を見ていないとなんとも言えませんが、ピルムの可能性がありますね。


投擲用の槍で、敵に投げつけた時にわざと折れるようにしてあるんです。

敵の手に渡ったとき、投げ返されないようにするための工夫だったんですよ。

恐らく、その方も人具を何本か出せるはずです。

総量次第では槍を雨のごとく降らせることもできるでしょうね

……

……








 凰三と清貞が、賢誠を『なんだコイツ』と言わんばかりに見下ろす。




 賢誠は始まった試合を指差して、二人の視線の気を逸らす。そこでも特殊形状の武器が出てきたので、それからは試合毎に武器の名前について尋ねられるのが恒例となった。





 何しろ、槍、と言っても形状は様々で、賢誠に答えさせると異国の呼び名と豆知識が聞ける。それが凰三と清貞には偉く気に入ったのだ。






 観客と大会に出場している生徒も一つ尋ねれば十も返ってくる賢誠の武器解説に聞き入った。




 何しろ、今まで自分達が違う使い方をしているということに気づくことができるし、その対策も練ることができる。






 トゥルスを投げナイフとして使った彼らも、前回大会で四位入賞したチームを撃破して、なお、賢誠の武器解説は火野武術大会をさらに盛り上げる。教師達の知識不足が公になったわけだが、番狂わせが多発したこととあって生徒達のやる気が上がったのだ。






 五試合目を終えると、実況席に生徒が押し掛けてきた。使い方を変えるだけで逆転する状況になり、武器を詳しく聞きたいと願い出る生徒が続出したのだ。

















 二日目も、大盛況のうちに火野武術大会は幕を閉じたのだった。



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