ほら、食事だ。

もうこの光景にも慣れてしまった。
昼と夜で食事を運ぶ人は違うようだが、この人だけは声を覚えてしまった。

セリヌンティウス

どうも。
あんたも大変だね。こんな薄暗いところに毎日のように通わされて。

そんなことはないさ。
上で王の護衛をしている方がよっぽど神経を使う。
あんまり大声では言えないがな。

セリヌンティウス

そんなもんかね

心なしか食事をとるスピードが遅くなっている気がする。
内心ではこの男との会話を楽しんでいるのかもしれない。

なぁあんた。
あんたは本当に生きてここを出られると思っているのか?

セリヌンティウス

ん?当然だ。

どうしてそう言い切れる??

セリヌンティウス

どうして……
それはメロスが嘘をつけない人間だからだ。
以前にも話したと思うが?

すまない。聞き方が悪かったな。
メロス以外の人間も信じているように思える。
俺のことも、あの王のことも

セリヌンティウス

どういうことだ?

こんな場所に捕らわれたんだ。食事に毒を盛られているかもしれないと考えなかったのか?

そもそも、あの王が約束を反故にするとは。もっと言えば今からでも反故にするとは思わないのか?
そういうところも含めて、生きて出られると思っているのか?

矢継ぎ早に、いや、それよりもガトリング砲といった方が似合うかもしれない。
そもかく、あいつはまくし立てるように質問を重ねた。

セリヌンティウス

そうだな……
食事に関しては、その可能性は皆無だと思っていた。
これに関しては、信頼というよりも論理的に考えてだ。

論理的に

セリヌンティウス

そう。
あの王は俺を民衆の前で殺すことに意味を見出している。
見せしめにしたいのだ。
となると、この場所で毒殺すること自体、王の目的にそぐわない。

セリヌンティウス

でだ、この考え進めていくと、期限を前倒しにして俺を処刑することもないだろう。

たとえお前を民衆の前で処刑したとしてもか?

セリヌンティウス

そうだ。
仮に期限を前倒しにして俺を処刑したとしよう。
その場合、約束を反故にしたのは王になる。

セリヌンティウス

王が俺を殺す目的は見せしめ。
つまり『人間はどんなに口ではたいそうなことを言っても信用ならない』ということを見せつけたいのだ。

それなら、前倒しでも効果は変わらないと思うが?

セリヌンティウス

それでは、王が約束を反故にしたことになる。
王が約束を反故にすることなど国民は見飽きているはずだ。
王の立場になれば『メロスが』約束を反故にすることに価値を見出しているのだ。

なるほどな。
だからお前は自信ありげにここにいるわけか

騎士の声は少し楽しそうに聞こえた。

セリヌンティウス

最初からすべての人間を信用できる奴なんてそんなにいない。
論理の組み立てで信用できるかを判断すべきなんだ。
その信用が積みあがったときに、信用は信頼へと変わる

セリヌンティウス

信頼はそれ自体が信用するに足る根拠になるんだ。

つまり、お前は王のことを『信用』し、メロスのことを『信頼』している。
だから自分は生きてここを出れると考えているということか。

騎士は相変わらず楽しそうに話す。
彼もこの会話を楽しんでいるのだろうか。

いい暇つぶしになったよ。
では、私は戻るとするよ。
ありがとう、セリヌンティウス。

彼はそう言って食器を下げて行った。

思えば彼が俺の名前を呼んだことはあっただろうか。
そう思いながら、俺は低い天井を眺め思慮を巡らせ始めた。

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