セリヌンティウス

あいつちゃんと結婚式に間に合ったかな

普段の家よりも低い天井を眺めながらぼんやりと考える。
ぼんやりしていると、時間の感覚が薄れてくる気がしてくる。

闇の中に引きずり込まれるような感覚が体を包み込んでくる。

飯だ。

この空間で唯一俺が時間を知ることのできるツールがこいつらの持ってくる食事だ。

セリヌンティウス

俺が囚われた時間からカウントして、この飯は……

昼飯だ。
この次の飯が終わったら寝ればいい

俺の顔を見て何を考えているのか分かったのだろうか。名前も知らない騎士は俺に告げた。

セリヌンティウス

ありがとう

なに、礼を言われることじゃない
何せ夜遅くまで起きられると、こっちの生活リズムまで狂っちまう。

騎士は無愛想に答える。
今の言葉も半分は建前だろう。
裏を返せば半分は本音である。

他人を思いやるそぶりを見せながらも、心の中の一部では保身のことを常に気にかけている。
あの気性の荒い王のそばにいるからなおさらだろう。

それほどこの街の人々の心は疲弊している。

セリヌンティウス

あいつの気持ちもわからんでもないな

あいつってのはお前を身代わりに差し出したあいつか?

騎士が俺に話しかける。
よほど退屈なのだろうか、それとも戻るのが億劫なのだろうか。
どのみちこちらも断る理由もない。

セリヌンティウス

あぁ。
メロスはまっすぐな奴だ。

お前はあいつが戻ってくると思っているのか?

セリヌンティウス

思ってる。
戻ってくるさ。
あいつは約束を反故にできるような性格じゃないんだ。
あいつが約束を破ったら、あいつ自身がアレルギーで死んでしまうよ

騎士はふっと声を漏らした。
俺のオーバーな表現が気に入ったのだろうか。

メロス、だっけか?
付き合いは長いのか?

セリヌンティウス

あぁ
長い付き合いだ。
仕事の話から何のこともない与太話までなんでも話せる仲だ

いいな、そういうやつがいるのは

セリヌンティウス

あんたにはいないのか?

あぁ、いないね
何せ生きてる場所が場所だ。
信じすぎは自分の命に関わる。
比喩表現じゃなくな。

その声は驚くほど冷静であった。
無理もない話だが……

なぁ。
お前は幸せか?

セリヌンティウス

どういうことだ?

メロスという男を信じたばかりにこんなことに巻き込まれてるんだ。
何とも思わないのか?

なるほどそういうことかと納得する。
そのうえで俺は答えた

セリヌンティウス

別に。
後悔とか、嫌悪とか
そういう感情はないな。

俺は一息おいて頭の中をフラットにした。
少しでも気を抜くと弱気になりそうな空間の中での強がりもあったかもしれない。
出ないとこんな言葉は出ない

セリヌンティウス

俺はメロスを信じてるからな

騎士の表情を見ることはできない。
彼はそのまま何も言わずに俺の前にあった空の食器を片付けて戻っていった。

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