三文字幸乃が織田信長に条件を呑ませるために画策した『かくれんぼ』は終了時間を迎えた。




 結局、見つけられなかった織田と薬研が戻ってくるなり、賢誠が初めて見た外国人に興味津々になっている姿を発見された。




 薬研が腰に下げている短刀の柄を握り、『このクソガキ、切って良いか?』と物騒極まりない発言を織田はカラカラと笑った。






 織田いわく、敵を欺く知能に感嘆するからやめておけ、とのこと。



 見つからないようにするために、織田達が通りすぎたあと、この控え室に戻るという判断を下した。普通なら隠れると決めたら隠れ続けるだろうが、あえて控え室に戻ることで敵の裏をかいた、という風に思ってくれた。





 確かに、賢誠はあれ以上、下手に動いて隠れられる箱を見つける前に織田達に見つかってしまう可能性があったから、去ろうとするルームフェルを連れて控え室に戻ったのだ。






 それに、ルームフェルを連れてきたには理由があった。



 ルームフェルに三文字幸乃が織田信長と勝負している、という事情を話してもらい、もし刀弥が隠れているところを見かけていたら秘密にしてくれと言ってもらうためだった。



 さっき、ルームフェルが賢誠の居場所をあっさり吐いたのは相手が織田信長の要望だったからだと判断したのだ。織田信長に教えろと言われたら教えてしまうのは正直当たり前だ。例え晴渡国の民であろうと、なかなか口を紡ぐことはできないだろう。






 そうして、三文字幸乃は右京と樹神に織田達を連れて刀弥を捜索しに行かせたところだった。


 現在、この部屋に残っているのは賢誠とルームフェル、雪村に雅、幸乃の五人。








さて、と。雅、さっきの話を再開しても良いかしら?

? さっきの話?

あなたのお願いよ。賢誠の好きにしてあげてほしいのでしょう?

うん?








 いきなり全部振り込まれた賢誠はなんのこと? と首を傾げるしかない。

 しかし、雅は『そうそう!』と手を叩いた。







だって、これって『ぶんかさい』っていうお祭りみたいなものなんでしょう? 賢誠?

あぁ! うん! そう! 見てるだけだと、全然つまんないんだよね!







 転生先の実の兄が勝ったというのに、つまらないと言い出した。




 緊張していた雪村もさすがに衝撃を受けた。つまんない、と声が掠れるが、賢誠は腕をパタパタ振る。





だからね、もっとこの会場の中を賑やかにした方が良いと思うんだよ。

無駄に広いのに屋台が一つ出てるだけなんて寂しいじゃない? 例えばこの近隣の食堂屋さんに屋台を出してみないかーって声をかけたら、きっと、二・三店ぐらいは出してくれると思うんだよね。

織田さんいるから来客は確実でしょ?

その人達からショバ代巻き上げれば学校の運営費に回しても良いじゃん?








 賢誠は、さらに織田の座る席の近くだけチケット代上げても買ってくれる人間は絶対いる。それを日替わりのチケットとして用意すれば、もっと稼げるはず。




 それから、今の刀弥の様子からして、そこら辺で買ったものに織田の直筆入れれば高値で売れるんじゃないのか……――織田信長を客寄せパンダにしただけでは飽きたらない賢誠は織田を餌にまだまだ想像をツラツラ連ねた。






あと、お客さんって一般人が多いのに実況とかないの?

じ、じっきょう?

試合の解説とかだよ。

戦ってる姿を見て、何が凄いのかとか全然分からないんだよね。

だから実況が入ったら詳しく分かって、もう少し面白くなると思うんだよねぇ。

ここはすごい、良い動きしたぞ! て、力説してくれると知識がなくても楽しめるんじゃないかなぁ?










 ほら、某笑顔動画でゲームの実況プレイとかがある。



 あれは、実況者によって面白い。それを試合の会場に聞こえるようにできたら面白いんじゃないかと思うのだ。






あとは、この出場者の中で誰が優勝するでしょうかー! て、賭けをしてみたらどうかな?

競馬みたいに一位と二位の予想をして、予想が当たった人には配当金☆

賭事はダメだろう

ダメですか?

あぁ、ダメだ








 雪村にぴしゃりと止められて、賢誠はショボーンとなる。これほどの名案はないというのに。それで手数料を引っ掻ければ更なる収入が見込めると話すが、やっぱりダメだと雪村にたしなめられた。




 賢誠がようやく喋り終えると、幸乃はしばらくポカンとなった。



 数秒という長い沈黙の後、ちょっとお待ちなさい、と目を伏せる。静寂が室内を支配して数分後、皇女はその目をパチリと開いた。その綺麗な顔が途端に興奮で薄紅に染めあがっていく。






これが成功すれば王都主催の大会での収入が……あらやだ、三倍は増額する……――でも、アイツらが……――そう。そうよ。火野の武術学校で実験したって言えば……――ふふっ……今年の開催から使える……







 うふふふふ、とうっすら怖い笑みを溢した幸乃にちょっと引いた賢誠はコソッと雅の背中に回り込んだ。この皇女につけてはいけない火をつけてしまった気がした。



 幸乃はがたん! と椅子をひっくり返して立ち上がると、刀弥が戻ってきたら雪村に教師達の元へ即時案内するように命令する。教師達に賢誠の提案した内容を手配させる、と断言したのだ。







 賢誠はというと、この三文字幸乃が金の亡者に見えてしまい、いけないことを吹き込んでしまったのかもしれないと思った。






















 樹神は召喚したカーバンクルで刀弥の匂いを追跡させた先でシワを寄せた。











バン。適当なことを言わないでいただけますか

何おう!? 嘘じゃねぇやい! こん中にトーヤがいるんだ!







 真っ赤な宝石を額に埋め込んでいるウサギのような生物はその小さい手足でテシテシと叩く。



 見るからに、刀弥ほどの人間では入れそうにない鞄にだ。賢誠ぐらいならば余裕はありそうだ。もしくは、その五体をバラバラにすれば詰められる。





 織田と薬研も、この鞄なら、さっき探しているときに見かけたと呟く。





こんな鞄の中に入れるわけがないでしょう。ご飯抜きにしますよ……――








 その途端、鞄がもぞりと動いた。



 魔法もかかっていないのに、ごろりと動いたのだ。鞄の口が開いており、そこにはあの赤石刀弥が来ていた真っ青な洋服顔が埋まっていたのだ。間違いない。幸乃の直筆が書き込まれていた。開いている口から両腕が出ると、上半身がにょきっと飛び出て鞄に下半身を埋めたまま逆立ちになった。着地と同時に鞄を脱ぎ捨てて赤石刀弥は片膝をついた体勢となって姿を表す。



 鞄からにも華麗に出現するその姿に、誰もがその光景に呆然としていた。呆れが訪れたわけではない。完全に、赤石刀弥という存在の出現に意識がかっさらわれたのだ。




 まるで魔法のような沈黙を破ったのは、この国の王子。






身体は痛くないのですか?

はい。肉体強化で柔軟性が上昇しているお陰で苦痛はありません








 頭を垂れたまま、ありのままの青年は口にした。


 次々に、傍観者達は現実に意識を引き戻す。





肉体強化にこんな使い方もあるのか……――これは面白いな、薬研

全くだ。余計なものを見せてくれた。これじゃあ、信長様の脱走頻度が格段に上がる








 右京はじぃっと鞄を持ち上げて、中を覗き見る。



 それから、片膝をついたまま顔をあげないでいる刀弥に尋ねる。





良い発想力ですね。もしお前がよければ、私にも使い方を教えてもらってもよろしいですか?

! は、はい!

あ、あぁですが、それならうちの弟の方がもう少しうまく教えられると思います! 元々、これを考えたのは弟の方で、私は最近になってようやく肉体強化を使いこなせるようになったのです!









 刀弥は、右京を見上げて硬直しながらも言葉を紡ぐ。




 樹神はこの時、普段、表情を動かさない右京がうっすらと微笑んだのを見た。彼が、何かに興味を示すのはとても珍しいことだった。まずはこの鞄で練習してみよう、と鞄を拾い上げる。





 彼の楽しげな表情が皇女たる三文字幸乃とソックリであることを、この時、樹神は気づく。


 感情の起伏はほとんどないけれど、彼は紛れもなく彼女の息子なのだ、と。






  















お帰りなさい、いっちゃん! それに、刀弥君と賢誠君も……――

あら? 雅ちゃんはどうしたの?

その後ろの方は?






 暗くなった頃、藤堂家に帰宅した賢誠達を暖かく歓迎してくれた美佐子は雅が一緒に帰ってきていないことに気づいて小首を傾げた。



 それを含めて話がある、と雪村は美佐子に清貞と、本日到着しているはずの父に話があると申し出た……――太陽のように、真っ赤な王命書を見せて。







 そうして、火野武術学校の大会は『祭り』として加速していく。







  















はぁ?! 俺達に『じっきょう』とやらをやれだと!?








 清貞が目を瞬かせて、晩餐前の大広間で目を丸くした。




 詳しくは賢誠から聞くように、と言われたので賢誠は自分の分かる範囲で説明する。まさか、藤堂清貞、雪村の父……――雪村凰三(おうざ)も賢誠の発案に巻き込んだ事態に発展するとは思いもしなかった。





 武人である二人ならば確かに詳しい実況が出来るだろうが、そういうのは普通、主催である教師の仕事だ。それをまさか親族にまで託すとは幸乃も人が悪い。






 しかし、幸乃の話では実況に教師を回すと運営が滞るため近場に使える人間を当てるしかないとのこと。それが清貞と凰三だった。



 王命だから仕方ないか、と清貞は了承する。



 雪村齋に全く似たところがない凰三は百戦錬磨の厳しい顔を刀弥へ向けた。




さっきの試合を見ていたが、悪くはない。敵の力を分散させる策、鮮やかかつ、見事であった。だが、最後に相手を倒す前に三度ほど相手に隙があった








 途端に、刀弥の戦い方の指南へと空気が硬質なものへと変貌した。しかも、かなりの強面で刀弥を睨んでいる。ヘタレハートの賢誠はびく! と震えて椅子の後ろに隠れたが、刀弥はそうもいかない。その椅子に座って硬直している刀弥に、面と向かって、あそこは良かった、といい始めると、そこに清貞も加わる。二人から次はこうした方がいい、と口々に説明して、凰三はくるりと隠れている賢誠へ顰めっ面を向けた。





こんな感じで良いのか?

あ、あぁ! い、いいい今の練習だったんですね! そうです、そんな感じで大丈夫です!!









 今、賢誠はふとヤバイと思った。実況というより、これは戦い方のアドバイスだ。どう考えても大会で勝ちあがることを決めている刀弥のプレッシャーを倍増させたようにしか思えなかった。




 賢誠は、心の中で兄に詫びたのだった。






  















あぁ、なんて便利なの……――ほしいわ、コレ……樹神の召喚獣では風がビュンビュン当たって寒いもの……

申し訳ございません。では、次からはこの手の部屋を召喚獣達に運ばせます








 現在、日輪の隣町を越えた上空。飛行するログハウス内部。



 雅は朝顔からログハウスになる魔道具を借り、三文字幸乃はだらしなくゴロゴロと転がってこの上なく幸せだった。





 現在、雅は皇女とその護衛である樹神をつれ、日向に戻っている真っ最中だった。
  



 幸乃は、とある理由があって雅の力……――『心眼』を貸してほしいと赤石家を代表して刀弥に申し出たのだ。刀弥はもちろん即座に了承した。雅も喜んで力を貸すと言ってくれたので、現在、夜でありながら日向へ戻っている。





あぁー。

何で王族なのにこんな優秀な子がいないのかしらー。

本当に今の国王軍には失望するわぁ……昔から思ってたことだけど

申し訳ございません

あなたは良いのよ。
ちゃんと優秀だから。

だけど、貴族ってだけで頭でっかちで無能ばかり集めて何してるのよ、この国の護りは。

その気になったら平民が総出すれば城が落とせてしまうわ

申し訳ございません

あなたは良いのよ。
ちゃんと優秀だから。

あぁ、これでようやく無能な魔術師長を排除できる。これから宮廷魔術師達をよろしく頼むわね、樹神

申し訳ございま……――申し訳ございません。

もう一度、お願いします










 樹神は今、突然の昇進話とものすごく不遜な言葉を耳にした気がした。



 気のせいだ、と期待したわけではないが、あえてもう一度尋ねた。







あなたは良いのよ。ちゃんと優秀だから。

あぁ、これでようやく金で目先が眩んでる惰性にまみれた無能な魔術師長を消し炭にできるわ。

これから腑抜けて腐れ落ちてる宮廷魔術師達をよろしく頼むわね、樹神仁。

私と一緒に自堕落してる連中のケツを叩き上げるわよ。場合によれば一掃するのを手伝ってちょうだい

 








 もう一度、言葉を要求した樹神は、先程よりも詳しく、昇進とその後のこと。今の魔術師長とその部下達に辛辣な評価が下されていることを聞いた。





ありがたいお言葉ですが、私は召喚獣を呼べるだけの召喚術師ですよ。

ただそれだけしかできません

本当に今の魔術師達はクソッタレでどうしようもなくて困るわ。

優秀な召喚術師ならばたった一人でも国ぐらい潰せることを忘れているのね、馬鹿なんじゃないの。

一般魔術師でも使い魔ぐらい『契約できる』のよ? その中でも突出して優秀なのが召喚術師なのに
















 一般魔術師でも『使い魔』といった類いならば契約はできる。動物達と契約すれば『使い魔』。人間の霊であれば『守護霊』。妖精の類いであれば『精霊』、神であれば『守護神』と呼び名が異なる。



 古い魔術師の一族ならば、代々、族長たる人間が長年連れ添っている使い魔を受け継いで使役できる。
 しかし、今ではたった一匹でさえ契約できない魔術師達が氾濫していた。






 その中でも、国一つ潰すといわれる実力を兼ね備えているのが『召喚術師』だ。異国のモノノケ達と魂を結び、召喚して使役できる魔術師を言う。樹神は異国に住まう動物達を自身の元へ呼び寄せて使役する専門の魔術師なのだ。




 ちなみに、使い魔達を複数使役できるのが『魔獣使い』、妖精を使役できるのが『精霊使い』、人間の霊を使役するのが『死霊術師』と言われている。








 魔術師であれば、一般的な動物、聖獣、妖精、人間の魂……――魔術師によっては神とさえ契約することだってできる。


 むしろ、使い魔と契約ができて、初めて一人前の魔術師とも言える。




 だが、今の宮廷魔術師にはどの類いとも契約できない魔術師が溢れかえっていた。そのくせに、それを認めようとしないで己は優秀だと言い張る。






あーあぁ……何で私が一から優秀な人間を選別しなくてはいけないの?

なんで本来なら魔術師長の仕事を私がしなくてはいけないのよ。何のために給料支払ってるのよ、あの給料泥棒共め。

仕事が多すぎるのよーおー








 幸乃は服にシワができることなど構わずゴロンゴロンと転がった。





 実際は、その通りだ。




 普通、優秀な人材を見つける仕事はその管轄の上司達の仕事だ。魔術師であれば宮廷魔術師長が数多いる志願者の中で将来有望だと思える人間や、その時点で突出している人間を選別する。そこに貴族も平民も関係ない。そのあとは上司達や周囲が成長させていくものだ。



 しかし、今はそれさえも面倒臭がって貴族という枠組みからしか選出していない。樹神もその口で入隊したわけだが。







もう一度言うけれど、お前は優秀よ、樹神。

そうじゃなければ下級に部類されている宮廷魔術師からお前を護衛に呼ぶわけないでしょう?








 皇女は、この上なく楽しそうに笑う。







私はちゃんと評価できる人間しか必要とないわ。お前は動物しか好きではないけれど、ちゃんと人の実力は判断できるもの。


ねぇ、樹神。雅はすごいわよね

えぇ。この小屋を一日で輸送できる宮廷魔術師はいないですね。

この重さなら、せいぜい約三日。

それに、皇女の言う通りでしたら彼女の持つ『心眼』は皇女の『未来予知』に匹敵する国宝級です。

あと、彼女の弟。魔力量は普通より少ないぐらいですが質は良い。生まれながらに土属性とは将来有望です









 樹神は、簡潔に彼らを評価する。


 しかしそれよりも、懸念すべきは皇女の息子の方だ。





しかし、本当に大丈夫なのですか?

右京王子と織田信長を同じ部屋に宿泊させるなんて……――

大丈夫よ。

織田も手出ししないわ。

それどころか、右京を洗脳しようかと話しかけているでしょうね。でも、樹神。それより大事な話があるの










 すると、今までゴロンゴロンしていた幸乃がいずまいを正して樹神と向き合った。






死んでも良いのでは。あのような男。我が国の敵ですし

織田信長の方は死なないわ……――それどころか、未来が書き変わった







 樹神は、目を瞬かせる。



 するとこの国の皇女はむくぅと頬を膨らませる。
 





織田信長なら最悪切り捨ても良いと言うのに……――まさか、あの暗殺者が一匹転がり込んでくるだけでこんなことになるなんて……

名無権兵衛のことですか。あれが何だというのです

彼のせいで未来が書き変わってしまったの。

即興でこちらも対応したけれど……――べつに、あの男だけが死ぬなら良いのよ。

依頼主の裏切りで三○人に囲まれて死んだって問題ないわ。でも、それに巻き込まれてしまうの……――あの子達

  




























 雪村齋は、命令とはいえ心中穏やかではなかった。



 なぜ、皇女はこんな命令を齋にしたのだ、と思う。なにかお考えがあってだとは思っても、これはあんまりだ。






やっぱり、それぐらい大きくなるにはお肉ですか?

肉は、よく食べた

やっぱりお肉ですよね! じゃあ、ピーマンは……――

残すなよ、賢誠。雪村夫人と藤堂夫人に失礼だ








 賢誠は、唇を尖らせながら、ちょいちょいと緑の固形物をつつく。



 その隣で狭そうに座っている巨漢は、皿の隅に残っていたピーマンに噛みついた。





ほら見ろ。ルームフェルさんだって残さず食べている








 雪村齋の真正面に座っている男……――織田信長の命を狙ってやって来た暗殺者、ルームフェル・ヴァールハイトが出された料理をきれいに平らげると『ごちそうさま』と手を合わせて頭を垂れたのだ。



なんで暗殺者を家に招き入れてもてなさねばならんのだ!!









 怒鳴りあげたい衝動にかられて押さえ込む。




 この事は、家族の誰にも話してはいけない。もちろん、刀弥と賢誠にも話してはいけないと言われたのだ。バレてしまったら仕方ないが、とは言っていたが……――あんまりにもルームフェルはこの状況に馴染んでいるように見えて、齋は胸中穏やかでいられなかった。






齋。話がある

は、はい。何でしょう、父上?








 隣で食事を終えた父がニンジンを避けている皿を置いて立ち上がる。




客室で話がある。清貞、お前も一緒に……――










 とたん、ガタン、と凰三は再び着席した。その後ろにはにっこりと微笑む母の姿があった。






凰三さん。

好き嫌いはいけないわ。あなたより小さい賢誠君だって我慢して食べてるのよ?







 目の前の賢誠は着実に皿の上から撃滅している。口の中で三回ぐらい噛むと、そばの水で飲み下す。



 父は、ニンジンを一瞥してから皿を空にしている齋へ振り向いた。





齋。先に部屋に戻っていなさい。話がある

は、はい……





 向かいの賢誠は、ごちそうさまでした! と叫んでお皿を片付ける。


 刀弥の弟は、将来、父のようにはならなさそうだと、心の隅で齋は思った。




pagetop